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「打倒巨人」が合言葉だった 昭和のプロ野球選手、銀座での「夜の延長戦」

NEWSポストセブン / 2021年9月15日 11時5分

「負けたら? 行かないですよ。みっともない。巨人に勝って店に行くと、“今日はいいピッチングだった”とお客さんから声をかけられて、それを励みに野球をやっていたようなもの(笑)。(大洋の本拠地である)川崎球場でも巨人戦で勝つと銀座まで遠征していた。とにかく巨人、巨人、巨人の時代でした」(平松)

 当然、人気球団である巨人の選手たちも銀座の常連であった。しかし、彼らに試合の勝ち負けは関係ない。

「よく巨人の選手に会いましたよ。柴田(勲)さん、末次(民夫)さんあたりは、勝っても負けても行っていたんじゃないかな。行くたびに会ったよ。ボクは巨人戦に勝った時しか行かないから、巨人は負けているということだからね」(平松)

小林旭もいた

“世界の王”もこんなエピソードを残している。

「王(貞治)さんが寮に入っていた時代、寮長の奥さんが夜10時の点呼に行ったら王さんがスーツを着て寮の雨戸をはめていた。こっそり抜け出して銀座に行こうとしていたんです。奥さんが“王君、どうしたの?”と声をかけると、王さんは“雨戸が壊れているので直しているんです”と答えたそうです」(元巨人担当記者)

 巨人と対戦できるのはセ・リーグのチームだけ。当時は交流戦もなく、オールスターや日本シリーズで負かすしかなかった。

「巨人戦に勝つとタニマチと呼ばれるスポンサーが銀座に招待してくれるんですよ。大洋の先輩だった長田(幸雄)さんや近藤和(彦)さんも後楽園でホームランを打った日は銀座に出掛けていましたね。

 当時は銀座といえば『姫』でした。『姫』に行くと小林旭さんといった芸能界でもトップの人に会えた。ママの山口洋子さんに名前を覚えてもらって初めて一流選手の仲間入りじゃないですかね。ボクは山口さんから声をかけてもらって嬉しかった」(平松)

 最後にこう総括した。

「最近は銀座と野球選手はあまり話題にならないが、当時はママだけでなく粋なホステスも多かったからね。ああいう時代は二度と来ないだろうな」

文/鵜飼克郎

※週刊ポスト2021年9月17・24日号

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