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「美代ちゃんはここにいて」浅田美代子に向けた樹木希林さん最後の言葉

NEWSポストセブン / 2021年9月13日 7時5分

 離婚後も浅田はしばらく吉田姓を名乗っていたのだが、樹木さんに反対された思い出をこう述べている。

《浅田美代子よりも吉田美代子の方が、銀行や病院で呼ばれても気づかれないというメリットも感じられた。それから、吉田さんのお母さんには結婚している間、本当に可愛がっていただいて、離婚後も「これからも娘でいてね。吉田の姓でいてね」と言っていただいた》

 しかし、離婚から数年が過ぎると、樹木さんは浅田姓に戻すようにと、強く迫った。

《「吉田の姓を名乗るのはおかしいよ。あちらは再婚したんだしさ(中略)美代ちゃんは、吉田美代子で死ぬの?」》

 この言葉がきっかけとなり、公私ともに浅田美代子を名乗るようになった。

「美代ちゃんはここにいて」

 2001年に最愛の母を亡くし、一時期、心が抜け殻になるほど何も手につかなかった浅田に助言を送ったのも樹木さんだった。

《「今はいいかもしれないけど、60歳過ぎてからは、容易に家も借りられないよ」》

 結婚も離婚も、人生の選択に水を差すことなく、応援し続けてくれた樹木さんが、唯一、“そうすべきだ”と家を買うことに強い意思を示した。

 それはアドバイスにとどまらなかった。不動産に詳しいという樹木さんが「ここはすごくいいの」と、高く評価し、すすめた物件が、いまの浅田の自宅だ。

 購入までは踏み切れずにいた浅田に樹木さんはぴしゃりと一言告げる。

《「お母さんの思い出にいつまでも引きずられていないで、住処を決めて引っ越しなさい」》

 引っ越してからも、浅田が新しくCMに出演しているのを見れば「あのCMのギャラはいつ入るの? そのお金は繰上げ返済に回しなさいよ」とアドバイスを忘れなかった。

 熱心な後押しがあって、浅田は10年もしないうちに住宅ローンを完済。返済の最終日、樹木さんは銀行にまでついてきた。浅田がカウンターで残金を払い終えると、笑いながらカメラのシャッターを押す。浅田が半生を振り返るとき、必ず節目には樹木さんの姿があった。

 2018年の春から樹木さんの体調は一気に崩れていった。長年一緒にいたからこそ、彼女の異変を感じ取った浅田は、樹木さんの入院生活が始まると、極力一緒にいられるように病室に日参した。

 もう言葉も発することが難しくなっていたある日、いまでも鮮明に思い出す“最後の言葉”を告げられた。

 病室を訪れていた浅田に、医師が部屋から出るように告げた。必要な処置を施すためだが、樹木さんは、筆談で引き留めた。

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