1988年の阪急身売り時 記者がオリックスをオリコと勘違い

NEWSポストセブン / 2013年2月9日 16時1分

 「国民的スポーツ」と称されるプロ野球で起こったは数々の「大事件」が存在する。そんな「大事件」の裏側を、当時を知る人々の証言を元に明らかにしよう。

 1988年のシーズン最終盤には、南海と阪急、2球団の買収劇が進行していた。当時、阪急はロッテとの3試合を残して4位が確定。10月22日の最終戦に備え、選手たちは西宮球場で調整をしていた。そこへ、阪急が買収されるというニュースが飛び込んできた。
 
「5日前に南海とダイエーの話を聞いたときも驚いたけど、まさかウチはないだろうと話していたところだった。それに身売り先を聞いて、オリエント・リース(現・オリックス)って何だそりゃって感じだった」

  主力投手の1人だった佐藤義則はこう語る。

  確かにリース会社大手とはいえ、当時は球界関係者の間でその名が広く知られていたとはいえなかった。実際、この発言を裏付ける出来事が起きている。

  奇しくもこの売却合意の発表があったのは、パ・リーグ伝説の「10・19」(*)と同じ日である。報道各社の人員は川崎球場へ集結していたが、急遽このネタを追って東奔西走を始めた。

  当時オリエント・リースの本社は浜松町にあったが、記者は池袋に集まった。

 「そこには『オリエントファイナンス(現・オリコ)』の本社があった。受付嬢が申し訳なさそうに、“さっきもそういう方が来られましたが、何かあったのですか?”と聞いてきた。今でも思い出すと恥ずかしい(笑い)」(当時を知る記者)

  あれから25年、オリックスはしっかりと知名度を上げた。ちなみに両社に資本関係はなく、まったくの別会社である。

【*注】1988年10月19日に川崎球場で行なわれた、近鉄vsロッテのダブルヘッダー。近鉄が連勝すれば逆転優勝、反対に1つでも負けるか引き分けで当時首位だった西武の優勝が決まるという大一番で、多くの注目を集めた(結果は近鉄の1勝1分で西武が優勝)。

※週刊ポスト2013年2月15・22日号



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