乳がん名医だった鈴木杏樹の夫 遺体は勤務先病院に提供した

NEWSポストセブン / 2013年2月22日 7時0分

「自分よりも病院や患者さんを第一に考える人でした」――2月14日、夫・山形基夫さん(享年56)の告別式で、鈴木杏樹(43才)は涙を流しながら、そう挨拶をした。山形さんは、駿河台日本大学病院の外科医として働き、乳がんの名医として評判だった。

「技術はもちろん、思いやりのある医者でした。彼は“患者の病気が治るならば、ぼくの命を引き換えにしてもいい”というのが口癖だったほどです」(病院関係者)

 寝る間も惜しんで働き続ける山形さんの体を病魔が蝕んでいく。肝臓に重い疾患が生じてしまったのだ。6年前に受け持った乳がん患者には、こんな衝撃の“告白”をしていた。

「“ぼくは、もってあと5年の命しかないんです。本当なんですよ…でも、あなたはもっと長生きしなくちゃいけませんよ。ぼくよりずっと生きるんですよ…”って。もう、なんて言葉を返していいかわかりませんでした…」

 わずかな望みをかけて、渡米先の病院で手術予定だったが、その直前の2月1日に亡くなってしまった。生前、杏樹にこんな言葉を遺していたという。

「山形さんは、“もし亡くなったら、自分の体を医学の発展のために役立ててほしい”と言っていて、杏樹さんはその言葉通りにしたそうです。アメリカから帰国した遺体は、そのまま山形さんの勤務先の病院に運ばれて、肝臓の医学的検証が行われたと聞いています」(杏樹の知人)

※女性セブン2013年3月7日号

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