登山家・栗城史多 過酷な秋のエベレストに単独で登る理由語る

NEWSポストセブン / 2013年3月10日 7時0分

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エベレスト登頂にこだわる理由を語る栗城史多氏

「冒険の共有」をテーマに、単独・無酸素エベレスト登山と世界初のエベレスト登頂インターネット生配信に挑戦し、注目されてきた登山家の栗城史多さん(30才)。これまで難易度が高い秋季に挑戦しており、4度目の挑戦となる昨年10月には、難しいとされる西陵側のルートに初挑戦した。登頂は叶わず指に重度の凍傷も負ったが、「今回は初めて山と向き合えた。大きな後悔はない」と言う。登山環境の厳しい季節に、あえて難易度を上げてまで挑んだ世界最高峰で見たものは? 栗城さんにチャレンジを振り返ってもらった。

――なぜ難しい秋に挑戦をし続けるのでしょうか?

栗城:天候が安定していて気温も温かい春は、800人ほど人が山に入るので混雑してしまうんです。ぼくは、“生身”のエベレストと向き合いたいので、あえて気象条件が厳しくて登山隊が少ない秋に挑戦しています。

――今回は初めて山と向き合えたというそのわけは?

栗城:過去3回は、いろいろな問題が起きて山に集中できませんでした。2009年のときには、中国の国慶節と重なって、国を出るよう命令されて登山期間が短縮されてしまいました。2010年は、機材などをベースキャンプに運んだり撮影をサポートするシェルパ仲間が乗った飛行機が墜落してしまうという悲しいことから始まりました。2011年は、ベテランの山岳カメラマンがくも膜下出血で亡くなってしまい、色んな思いを引きずりながら登っていたところがありました。今回は全てが順調で、初めてまっさらな気持ちで山に挑戦することができたんです。

――今回、西陵側の難しいルートに初挑戦しましたが、詳しくはどういう状況でしたか?

栗城:1963年にアメリカ隊が初登頂したルートです。ぼくのこれまで3度の挑戦では、キャンプ3(C3)までしか行けませんでしたが、今回は初めてキャンプ4(C4)まで行くことができて、あとは頂上へアタックをかけるだけだったんです。そこまでは体調も良く、あとは風が問題でした。秋季が難しいのは、ジェットストリームという強風が、長いときは2週間ほど続きます。今回は、ジェットストリームが弱まるときがあるとの予報があったので、このルートで頂上を目指すことにしたんです。

 ぼくがアタックする2日前にはポーランド隊の人達が、ローツェというエベレストの南峰にアタックして2人飛ばされ、1人は亡くなっていたり、単独で登ってC3で断念した人もいました。その次のぼくは、7200m地点で風が収まるのを3日間待ち続けていました。C4の7500m地点に行ったときには、風は少し収まっていたので夜7時に出発しました。うまくいけば翌日のお昼過ぎに登頂する予定でしたが、夜中にどんどん風が強くなってきてしまって…。朝方、ホーンバインクロワールと呼ばれる雪の溝、氷の壁の入り口の手前で、強い壁がドーンとぶち当たってきたように前に飛ばされるなど、2回、体が飛ばされそうになりました。ここで危険だと判断して下山を選んだんです。

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