【秘史発掘】日本の降伏を伝える米国紙を手にした蒋介石夫人・宋美齢が抱えていた苦悩
NEWSポストセブン / 2024年7月31日 12時13分
夫人は目下、蒋委員長にこの話をするとき、「あの女」とだけ言い、蒋委員長が「あの女」に会いに行く時だけ、入れ歯を入れていくことを恨んでいます。[中略]
しかしながら、多くの見方では、権力を失うことは宋一族にとっても損害が大きく、彼ら[孫文夫人の宋慶齢を除いて、長女・宋靄齢の夫である孔祥煕も]は、全力で決裂するのを回避しようと尽力したことで、蒋夫人もようやく矛を収めたとのことです。〉
(林家有、李吉奎著『宋美齢伝』、北京・中華書局、2018年刊より)
これはあくまで噂に関する報告書だが、実際もその通りだったようだ。
1944年8月12日、蒋介石は国民政府総務部交通課を通じて、党と軍の最高幹部を招集すると、茶話会を開いて弁解したという。
〈今、世間では私が蒋夫人を裏切り、陳なにがしという女性と親密な関係にあると噂になっている。そんなことはまったくない。国内外の反対勢力が、国民党の威信を傷つけ、抗戦に不利益をもたらすために流したデマだ。みなも知っている通り、私と蒋夫人は神聖な宗教で結ばれていて、革命の伴侶でもある。[中略]
現在の局面は非常に厳しく、今年は抗戦で最悪の年であり、私と蒋夫人は危機感を共有し、一致団結して奮闘し、最後の勝利を勝ち取ろうとしている。〉(前掲書より)
それを聞いた側近の一人は、なぜ戦時中の重大な時期に最高幹部を招集して、こんな話をするのかと、怪訝に思ったという。
「宋美齢はもう中国に戻らないのでは」との噂も
翌日、宋靄齢と娘夫婦は、医師から病気治療を勧められていた宋美齢を誘って一緒に重慶を離れ、ブラジルへ飛んだ。ブラジルでは靄齢の懸案だった投資案件の処理を済ませ、9月6日、全員でニューヨークへ移動した。靄齢と孔祥煕は、このとき中国に保有していた巨額の資産を南米へ移したと噂された。
宋美齢はニューヨークで、その2年前にも入院したプレスビテリアン病院に1カ月ほど入院した。その後、マンハッタン北部のリバーデールにある孔祥煕の邸宅に移った。邸宅からはハドソン川が眺められた。
中国では、宋美齢はもう祖国に戻ってこないのではないかと、噂になった。
その間にも、世界は動いていた。イタリアやドイツが連合国軍に対して降伏し、残る枢軸国は日本だけになった。
宋美齢が頼みの綱としていた、フランクリン・ルーズベルト大統領が脳出血で倒れたのは、そうしたときだった。大統領の権限は、副大統領のハリー・S・トルーマンが急遽引き継いだ。
1945年8月、米国は広島、次いで長崎に新開発の原爆を投下し、20万人もの命を一瞬にして奪い去った。その惨状を目にした天皇は終戦の詔勅を発して、「ポツダム宣言」を受け入れることを国民に伝えた。
そして宋美齢は、日本が降伏したと聞いて、矢も楯もたまらず帰国したのだった。
【プロフィール】
譚ロ美(たん・ろみ/ロは王偏に「路」)
作家。東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。同大訪問教授などを務めたのち、日中近現代史にまつわるノンフィクション作品を多数発表。米国在住。主な著書に『中国共産党を作った13人』『阿片の中国史』『帝都東京を中国革命で歩く』『中国「国恥地図」の謎を解く』など。最新刊は『宋美齢秘録 「ドラゴン・レディ」蒋介石夫人の栄光と挫折』。
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