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《江戸川乱歩賞受賞》日野瑛太郎氏『フェイク・マッスル』インタビュー「小学生の頃に自分の書いた話をみんなが喜んでくれた時の感覚が僕の求める全て」

NEWSポストセブン / 2024年9月1日 16時15分

 作中でも主人公が六本木ヒルズにある大峰のジムに通う一方、疑惑を指摘したプロボディビルダー〈ハルク高橋〉の元を訪ねると、3か月であの筋肉を作れる魔法はなく、大峰はステロイドの〈ユーザー〉としか考えられないと証言。中には薬物使用を禁じつつ尿検査をしない大会もあるなど、〈事実上の黙認状態〉にある現状を高橋は嘆き、最も問題なのは大峰が〈ナチュラル〉を自称した上でジムを始めたことだと言った。〈現代社会は嘘をついて商売をする者に厳しい〉と。

 健太郎もその線で取材を進めるが、大峰の個人レッスンの受講条件がベンチプレス80kgだったり、疑惑に決着をつけるためにも〈大峰の尿を手に入れて持ってくるんだ〉とデスクから厳命されたり、次々にふりかかる難題を必死でこなす様は、笑ってはいけないと思うほどつい笑えてくる。

「せっかく潜入させるなら、初心者を一から鍛える方が面白いし、尿の話は選考会でも最もウケていたらしいんですけど(笑)、ジムの便器に何か仕掛けるとして、便器も今はいろんな機能があるからなあとか、自分だったらどうするかを、同じ目線で考えていった。つまり別に笑わせようとしたわけじゃないんです。彼自身は至って大真面目で、その愚直さが時におかしみを生む感じが書けていれば嬉しいし、それって筋トレにも向いていると思うんです。決まったことをコツコツ、坦々とやれる人間の方が」

メインの謎以外ほぼ何も決めない

 日々の積み上げでしか手に入らない肉体を大峰はどうやって手に入れ、薬物使用はあったのか否か。また現状、日本ではアナボリック・ステロイドの個人使用に警察は介入できず、禁止薬物が増えると新薬もまた増えるイタチごっこが続く。そんな中、健太郎の取材も一進一退を繰り返すのだが、鍛えれば鍛えるほど、彼は人間的成長すら感じさせる愛すべき主人公なのだ。

「その点は、三島由紀夫が〈精神の存在証明のためには、行為が要り、行為のためには肉体が要る。かるがゆえに、肉体を鍛えなければならない〉と言っていて、卒論が三島だった健太郎や先輩記者の〈貴島鮎美〉が諳んじるこの言葉を、僕は彼に体現させたくなった。

 そうやって伏線ですらない小ネタが主人公を結果的に成長させたり、メインの謎以外はほぼ何も決めない状態から捻り出した展開が小説的な面白さに繋がっていれば僕としては大満足で、小学生の頃に自分の書いた話や漫画が回し読みされて、みんなが面白いと喜んでくれた時の感覚、あれが僕の求める全てと言ってもいい。受賞したことで自分の小説をよりいろんな方に読んでいただけることが、僕には最も嬉しいことなんです」

 今回70回の節目とあって、綾辻行人、有栖川有栖、真保裕一、辻村深月、貫井徳郎、東野圭吾、湊かなえの7氏が選考委員を務めた乱歩賞。その系譜にまた1人、人を楽しませることに貪欲な書き手が連なったことは、私達読者にとっても幸福である。

【プロフィール】
日野瑛太郎(ひの・えいたろう)/1985年茨城県生まれ。茨城工業高等専門学校から東京大学工学部卒。同大学院工学系研究科修士課程修了。2020年度(第66回)より江戸川乱歩賞に絞って応募を開始し、第67回から4年連続で最終候補作に。今年、晴れて第70回乱歩賞を本作で受賞し、デビューを果たす。186cm、71kg、A型。「鍛える前と体重は変わらないけど体脂肪率は減っていて、今は10%くらい。ただ背のせいか、全然見た目が『筋肉、あるなあ』って感じにならないんです(苦笑)」

構成/橋本紀子

※週刊ポスト2024年9月13日号

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