猪口邦子議員、自宅マンション火災で夫と長女が死亡 「政界はジャングルですが、家庭は温かい草原なんです…」幸せな日常を一瞬にして奪った猛火
NEWSポストセブン / 2024年12月5日 7時15分
キャリアを重ねた後に手にした家族の存在は、厳しい政治の世界で奮闘する彼女の原動力だった。幸せな日常を一瞬にして奪った炎の猛威。火事の一報を耳にしたとき、猪口邦子参議院議員(72才)は何を思ったのだろうか──。
周囲には強烈な焦げ臭さが漂い、黒くすすけた外壁が猛火を物語る。マンション前には花が手向けられ、手を合わせる人が絶えずやって来る。11月27日、都内にある自民党の猪口邦子参議院議員の自宅が全焼し、2人が死亡した。
「マンションのペントハウス約150平方メートルが、一瞬にして炎に包まれたようです。火元は台所ではなく、自宅の中央に位置する応接室とみられています。石油ストーブなどの火の気がなかったはずの応接室が火元なのは、大きな謎です。警視庁は死亡したのが猪口さんの夫で、東京大学名誉教授の孝さん(享年80)と長女(享年33)だと発表しました。死因はいずれも焼死でした」(社会部記者)
長女は双子で、一家は4人暮らし。次女(33才)は外出中で、猪口氏は事務所で仕事をしている最中の悲劇だった。心配されるのは猪口氏の状態だ。
「あまりに突然の出来事に猪口さんは憔悴しきっています。警察の捜査には何とか協力していますが、表に出てコメントできるような状況ではありません」(猪口氏の知人)
この火災をめぐっては、テレビ局の報道姿勢に批判の声も上がった。
「複数の局が燃え盛る炎の中、ペットボトルを持った女性らしき人物が、火災現場となった屋上付近を歩く映像を放送したのです。映像は一般人が撮影したものでした。その人影が一体誰かはわかりません。ただ、仮に猪口議員の長女だったとしても、今回は警察が事件性なしと発表しているので、この映像を流す必要があったのか……すでにSNS上ではこの映像が拡散され、2人の死を弄ぶような発言も散見される事態になっています」(テレビ局関係者)
結婚の1か月後に単身留学
高校時代にアメリカ留学を経験し、上智大学外国語学部を卒業した猪口氏は、アメリカの名門イェール大学で政治学の博士号を取得。29才で上智大学の助教授に就任し、1990年に同大教授となった。専門は国際政治学だ。
私生活では、上智大学の大学院生時代に助教授だった孝さんと知り合った。出会って間もないタイミングで「結婚してほしい」とプロポーズされた猪口氏は、率直な人柄に魅せられて「はい」と即答。1976年に24才でスピード結婚した。
「猪口さんは“学者にとって20~30代は卵のようなもので、この時期にどれだけ学問をするかが将来を決める”という考えの持ち主でした。そのため、彼女は結婚の1か月後にイェール大学に留学するため渡米し、“国際単身赴任”をしました。孝さんも“学問の世界は甘くない。留学するならいましかない”と新婦の決断を後押ししたそうです。
当時はまだ、結婚して家庭に入る女性が多かった時代。キャリアを優先する猪口さんの生き方は先鋭的で、結婚後もひたすら学問に打ち込みました」(前出・猪口氏の知人)
1989年には著書『戦争と平和』で、国際政治学では日本で最も権威があるとされる吉野作造賞を受賞した。転機が訪れたのは、結婚から15年の時が流れた1991年11月。学者一筋だった夫婦が、双子の娘に恵まれたのだ。このとき、猪口氏は39才、孝さんは47才だった。
「猪口さんは子供を欲しがっていたけれど、学問の道を究めるために自重していました。ただキャリアを積んで30代後半になり、心理的にも余裕ができたタイミングでもあったようです。高齢出産で心配の声もあったと思います。それでも夫婦にとって待望の赤ちゃんに喜び、出産に万全の準備で挑んだそうです」(前出・猪口氏の知人)
2人の娘の母親になると、猪口氏は育児と学問を両立させた。
「自宅では娘さんをおんぶしたまま分厚い専門書を読みふけり、座ると子供が泣くからと、机の上に台を置いて、その上にワープロをのせて立ったまま原稿を執筆していました。時々、手鏡を取り出しては、背中におんぶした子供とアイコンタクトを取っていたそうです」(前出・猪口氏の知人)
娘たちに読ませるための“絵本”選びには強いこだわりがあった。
「0才児に必要なのは抽象的な絵ではなく、美しい具象的な絵だと考えていました。ラファエロやルノワールの画集を絵本代わりにしていましたね。おかげで娘さんたちは1才半にして、カラフルで鮮明な色彩で知られるトーマス・マックナイトの画集に熱狂するようになったといいます」(前出・猪口氏の知人)
「家庭は温かい草原なんです」
娘たちが4才になったとき、都内にマンションを購入した。広々としたリビングに東京ドームを一望できるテラス付きで、当時の価格で2億円超。テラスでは色とりどりの花を育てた。
出産後も政府の審議会の委員や軍縮大使などを務め、2005年9月に衆議院議員に初当選し、翌月発足した第三次小泉純一郎改造内閣で少子化・男女共同参画担当大臣に抜擢された。一方で議員になっても、家族との時間を変わらず大切にした。
「多忙を極めるなかでも毎朝5時半に起きて子供たちの食事や弁当を作り、朝8時から自民党の部会に参加していました。一日中働き詰めでも夜9時には帰宅して、家族と過ごすよう心がけていた」(自民党関係者)
だが自民党に逆風が吹き荒れた2009年の衆院選では、選挙対策委員会から比例東京ブロック下位での出馬を提示され、やむなく不出馬を表明した。当時、本誌『女性セブン』が猪口氏にインタビューしたところ、彼女は失意のなかでも家族への感謝を忘れなかった。
「家族のサポートは最高です。夫は妻が失意のどん底に陥れられて非常に苦しいみたいですが、運命が変転する私の人生を深く受け止めて、“乗り越えられない苦労はない。必ず復帰できる”と言ってくれました。高校生の娘たちも“最高のママ”と言ってくれています。それが私の勲章です」
2010年の参院選に鞍替え出馬し国会議員に返り咲くと、以降、3選を果たしている。忙しく働きながらも“最高”の夫や娘たちと過ごす時間を糧にして家庭では穏やかな日々を送っていた。それなのに──前述した本誌インタビューで猪口氏は愛する家族について、こうも語っていた。
「仕事と子育ての両立は大変ですが、子供の様子をよく見ておくことが大事。心の視力が大事なんです。私は、娘たちのことはすごく大事に育ててきました。そこだけは手を抜かず、何より優先しました。政界はジャングルですが、家庭はジャングルではない。家庭は温かい草原なんです」
娘たちが幼い頃、猪口氏が「ママの宝物はどこ?」と声をかけると、いつもパッとママの方を向いたという。宝物とは、文字通り「子宝」のことだった。あの日から30年あまり。何より大事にしてきた「ママの宝物」が同時に振り向くことは、もうない。
※女性セブン2024年12月19日号
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