【大塚英志氏が選ぶ「2025年を占う1冊」】『生誕100年 安部公房 21世紀文学の基軸』転向したマルクス主義体験者に支えられてきた戦後
NEWSポストセブン / 2024年12月28日 11時15分
【書評】『生誕100年 安部公房 21世紀文学の基軸』/県立神奈川近代文学館、公益財団法人神奈川文学振興会・編/平凡社/3300円
【評者】大塚英志(まんが原作者)
本書は神奈川近代文学館の特別展「安部公房展―21世紀文学の基軸」の公式図録である。
特別展を見て思い出したのは安部が野間宏の仲介で日本共産党に入党したことだ。その後、除名され、三島由紀夫らと文革批判への抗議声明を出し、『榎本武揚』を転向小説とする議論もあったはずだ。
安部の共産党員としての活動期間は一年程度だが重要なのはその構想力の質とマルクス主義の関係だ。僕は以前、某所でセゾングループをかつて率いた堤清二の想像力とマルクス主義体験について話したことがある。堤が未来を見透かす経営者であり得たのはマルクス主義が未来を社会科学的に構想する方法論だからだ。
安部公房が「SF」という方法論に自覚的であったことは今回の展示でも確認できたが、それは社会科学的構想力というべき側面を確実に持つ。特別展では安部の愛用したワープロやシンセサイザーが展示されその先見性が強調もされるがオンライン社会にも届きうる「SF」的構想力の出自はマルクス主義にあり、それは文学と社会科学が切断されたこの国の文学が失って久しいものだ。今や「SF」は百田尚樹が暴言を吐くための方便以上の意味を持ち得ていない。
だがその構想力の及んだ領域は文学に限らない。堤清二がそうであったように戦後の日本社会のある部分は確実に転向したマルクス主義体験者に支えられてきた。堤を共産党に誘った日本テレビの氏家齊一郎や安部の処女作の刊行元・真善美社の経営に関与した徳間康快も共産党歴があるが彼らはスタジオジブリのパトロンであった。
日本共産党は党勢の衰退に直面するがその理由はもはや共産党からの転向者・除名者が文学や社会を牽引する力がとうにないことに見てとるべきだ。それは彼らの構想力の疲弊である。社会の衰退は文学の構想力の衰退とパラレルだ。共産党の未来はどうでもいいが文学と社会科学はもう一度出会い直すべきだ。
※週刊ポスト2025年1月3・10日号
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