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【香山リカ氏が選ぶ「2025年を占う1冊」】田中優子氏と松岡正剛氏の対談集『昭和問答』自然や社会や世界は複雑な非線形で成り立っている

NEWSポストセブン / 2024年12月29日 11時15分

『昭和問答』/田中優子、松岡正剛・著

【書評】『昭和問答』/田中優子、松岡正剛・著/岩波新書/1232円
【評者】香山リカ(精神科医)

 著者のひとり、田中優子氏があとがきに書いたこの二つの文に、いまの日本の問題が集約されている。

「本など読まず時間をかけず、効率的に社会的な地位を得る競争に邁進する世の中になった。ますます競争から降りられず、ますます大樹に依存して、自立からは程遠くなった。」

 その結果が、軍事予算の倍増や政府が打ち出した日本学術会議の法人化案などの「新しい戦前」や「『本を読まない・読めない』膨大な数の人びと」の出現だ。強い危機意識を持つ田中氏は、博覧強記の編集者・松岡正剛氏に昭和史を通して「人間にとっての自立とは? 国にとっての独立・自立とは?」と難問を投げかける。

 史実や書物を引きながら、松岡氏は近代の日本の「学ばなさ」と「読み違え」を繰り返し指摘する。一例をあげよう。「ロシア革命のグローバル社会への影響や、周恩来や毛沢東の登場とそのイデオロギーもほぼ読み違えてしまう。一方的に弾圧ばかりした。大逆事件以降ずっと弾圧ばかりですからね。これでは世界は読めない。世界は多様な『世界たち』なんです。」

 だからいまだに戦後の大きな問題が未解決のまま、独立・自立していると錯覚しながら、気がつくと「新しい戦前」が到来しているというわけだ。では、どうすればよいのか。

 松岡氏と田中氏が立ち返るのはやはり「読書」だ。この対談集の真骨頂は、「昭和を知るための本」としてふたりがあげた五十五冊の小説、評論集から漫画までを中心に読書遍歴を語りつくす章にこそある。田中氏が石牟礼道子氏の『椿の海の記』をあげ「いま必要なのは失ったものへの祈り」と語る箇所など、昭和の、いや日本への鎮魂のようにも思える。

 日本と知性への真摯な思いを盟友・田中氏に語った松岡氏は、この8月に亡くなった。

「自然や社会や世界は複雑な非線形で成り立っている」というその言葉を噛みしめ、書物を読んで考えることからしか未来は生まれないだろう。

※週刊ポスト2025年1月3・10日号

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