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《若林豪が見た昭和俳優たち》「渡哲也クンとは別荘で言えないことばかりやって…」現場で初めて台本を手に取る大先輩に驚愕した過去

NEWSポストセブン / 2024年12月31日 7時15分

 丹波さんの奥さんも素敵な人でしたよ。私が若い頃、丹波さんのご自宅の近くを夜遅くたまたま通ったので、ちょっと挨拶を、とドアを叩いたんです。そうしたら丹波さんはいなくて、奥さんだけがいらした。当時、奥さんは身体が悪かったみたいなんですけど、「あなた、ご飯食べていないんでしょ」と言ってアッという間に料理を作って食べさせてくれました。焼き鮭とか簡単なものですが、とてもおいしかったです。

「言えないことばかりやっていました」

 丹波さんが亡くなって20年近くになりますね。今年亡くなった共演者もたくさんいます。3月に81歳で天国へと旅立った寺田農さんは素敵な方でした。時代劇『付き馬屋おえん事件帳』(テレビ東京系)で山城新伍さんらと一緒に共演したんですけど、この時代劇の主役が、やはりこのあいだ亡くなった山本陽子ちゃん。このドラマの放送後、さらにこれを舞台にするというので、「ちょっと、やってくんない?」と電話をくれて。数か月間、一緒に旅をして回りました。男っぽい人でしたね。

 唐十郎さんとご一緒したことはありませんが、その昔、新宿に唐さんの紅テントを観に行ったことはあります。その後も家が近所だったから、顔を合わせると挨拶をしていました。息子の大鶴義丹とは、『山村美紗サスペンス 京都女優シリーズ』(フジテレビ系)などで何度か共演したので、仲良くしていたんですよ。

 親しかったといえば、渡哲也クンとはよくゴルフに行きました。一度、渡クン、綿引勝彦、前田吟と一緒に、前田吟の軽井沢の別荘に泊まって、一緒に遊んだこともありました。何をやって遊んだ? 具体的には言えません。言えないことばかりやっていました(笑)。楽しかった。でも、みんな亡くなっちゃって。あ、前田吟はまだ生きているか(笑)。

 この前、メディアのインタビューを受けたら、1970年代に時代劇『破れ新九郎』(テレビ朝日系)で共演したせんだみつおから連絡がありました。萬屋錦之介さん、田中邦衛クンらと一緒に出演していたんですけど、あいつは撮影中、ふざけてばっかしで。素っ裸の上に着物をひっかけて、本番だっていうのに、仕出し(エキストラ)の若い女の子の前ではだけて「ワッ」とやったりして(笑)。今やったら捕まるでしょうけど、当時はみんな、ひっくり返って笑っていました。

『徹子の部屋』からお話もいただいて、この4月にオンエアされました。収録の少し前にテレビ朝日の会議室で、ディレクターを交えて事前の打ち合わせを念入りにして。徹子さんはゲストを大事にして、ずいぶんいろいろ調べて、いかにゲストが引き立つように持っていってくださる方。もうお年だから、足が悪いみたいです。年齢は足にきますから、僕も毎日5000歩ほど歩いています。もう少しだけ人生を楽しみたいと思っています。

取材・文/中野裕子(ジャーナリスト) 撮影/村上庄吾

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