『スタ誕』はじまって以来の最高得点392点を出した中森明菜

NEWSポストセブン / 2013年8月23日 7時0分

 伝説のオーディション番組「スター誕生!」(日本テレビ)には、1971年の番組開始から終了までの12年間で約200万人にも及ぶ人が応募してきた。デビュー第1号の森昌子、続いて山口百恵、桜田淳子と相次ぎ成功。アイドルを目指して応募した少女の中に、のちの中森明菜もいた。本選で最高記録の点数を出した当時の様子について、ジャーナリストの安田浩一氏が綴る。

 * * *
 1981年、明菜は私立大東学園高校(東京都世田谷区)に入学する。しかし、勉強や部活に熱中することはなく、頭の中は歌手になることでいっぱいだった。7月。通知を手にして予選会に挑み、無事合格。いよいよ3度目の本選挑戦である。

 明菜は母・千恵子に選んでもらったロングスカートとノースリーブのサマーセーターで、松田トシ対策の「清楚な着こなし」を演出し、ステージに立った。明菜は落ち着いていた。

「今回が3度目の挑戦です。私はもう大人です」

 そう言って頭を深々と下げた。明菜の言葉に感動を覚えたのは、審査員の中村だった。

「なんていうんですかねえ、その言葉にこれまでの苦労がにじみ出ていた。しかも、その声がいいんだな。普通の話し声なのに、ある種の重みを感じたんです。彼女が歌う前から、僕は相当に期待しましたね」

 歌は山口百恵の「夢先案内人」。

「すごいぞ、これは。この子、急に成長したじゃないか」

 歌い出しからすぐに、中村は舌を巻いたという。

「期待を大きく上回っていたんです。それまでとは違い、明らかに声に艶が出ていた。正直、ゾクゾクしましたよ。この子はアイドルというよりも、ちゃんとした歌手に育てるべきだ、なんてことを瞬時に考えてしまった」

 いよいよ採点である。中村はこの日の明菜は「完璧」だったと判断した。欠点が何一つ見当たらない。審査員を続けてきて、初めての経験だった。中村は手元のボタンで100点を入力した。

 ところが──ここで、ちょっとしたトラブルが起きる。数字が電光掲示板に反映されないのだ。怪訝に思っていると、フロアディレクターが飛んできた。

「先生、点数は99点までしか入力できないんです」

 100点満点などという高得点は最初から想定外だったのである。これに中村は抗議した。

「僕は、この子に100点をあげたいんだよ。完璧じゃないか。99点というわけにはいかない」

 困ったディレクターは撮影中のカメラを止めて収録を中断した。とりあえずそこで休憩に入ることになった。この部分は放映されなかったシーンである。

  • 前のページ
    • 1
    • 2
  • 次のページ
NEWSポストセブン

トピックスRSS

ランキング