「田中」「山本」は西日本代表する名字 関ヶ原が分け目に

NEWSポストセブン / 2014年1月10日 16時0分

 日本人は名字で呼び合うことが多いが、案外知らないことも多い。名字研究の第一人者・森岡浩氏と考えてみた。日本では国勢調査の際に名字の数をカウントしないため、公式な名字ランキングは存在しない。そのため存在するものはいずれもサンプル調査だ。

「現在、主流となっているのは電話帳による調査です。3000万件前後のデータが収録され、資料として大変価値が高い。ただ、近年は携帯電話の普及で電話帳の掲載数が減少し、また、個人が特定される珍しい名字ほど掲載を避ける傾向があるため、私は1990年代前半あたりの電話帳を使用してランキングを作成しました」(森岡氏)

 日本では様々なものに“東西での違い”があるが、これは名字も同じ。東日本と西日本とでは、ランキング上位がまったく違う。

 都道府県別の名字ランキングを見ると、東日本では「佐藤」と「鈴木」が多く、他にも「斎藤」や「加藤」のように下に“藤”がつく名字が上位にランクインする。一方、西日本では、「山本」と「田中」が代表的な名字となり、これに「中村」「吉田」「松本」などが続く。

「東西の歴史の長さと人口密度の違いが、ランキングに影響を及ぼしている。西日本のほうが歴史が長く、人も多く住み、稲作が盛んでした。そのため家と家を区別するために“山”や“田”などの地形由来の名字が増えたのです。

 東日本は、歴史も浅く、中世以前の人口密度が低い。家と家を区別する必要がないため、名字の種類も少なく、特定の名字に集中している傾向があります」(森岡氏)

 名字における東日本と西日本の分岐点はどこなのか。

「人の流れがないと名字も動かない。山間部や半島に珍しい名字が多いのはそのためで、交通の難所が分岐点になると考えられます」(森岡氏)

 日本海側でいえば、新潟と富山の県境に横たわる飛騨山脈。ここには今では鉄道や高速道路のトンネルが貫通しているが、江戸時代には県境付近にある「親不知子不知(おやしらずこしらず)」が、断崖絶壁で波も激しい交通の難所となっていた。

 太平洋側は古代から人の往来が激しく、交通の難所も少ないためか、名字も緩やかに変化している。

「静岡、愛知、岐阜、三重は『伊藤』『加藤』などの藤原一族の末裔が多い。滋賀、奈良は『田中』『山本』といった西日本を代表する名字が多いが、三重と岐阜では東西両方の名前が混在している。内陸部では岐阜の関ヶ原、太平洋側は三重中部の雲出川付近に東西の境目があります」(森岡氏)

 天下分け目の関ヶ原は「名字の分け目」でもあったのだ。

※週刊ポスト2014年1月17日号

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