中村吉右衛門 歌舞伎は日本人が日本を知ることができる芸術

NEWSポストセブン / 2014年2月3日 7時0分

 重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、70歳を迎える今なお、新しく開場した歌舞伎座の最前線でファンを魅了し続ける歌舞伎役者・中村吉右衛門。その原動力は何か。歌舞伎が持つ日本文化の魅力、それを次代に伝える覚悟について語る。

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 歌舞伎の演目の多くは江戸時代に書かれ、そこには庶民の感覚や、彼らが垣間見た武家の忠義や世相といったものが色濃く反映されている。言葉には出さずとも相手の心中を察する「奥ゆかしさ」や、困った時は助け合う「思いやり」など、様々な人間模様が描かれております。

 少し前まで下町の人間関係に見られた、近所の家のドアを開けて「お醤油貸してよ」という光景は多少お節介ではありますが(笑)。今のように誰とも知れないお隣さんが気付かないうちに孤独死していたということは、まずあり得なかった。

 私自身はそうした現状を都会的というよりあまりに寂しく不人情だと思います。同じように思う方は、ひと頃までは確かにあった日本的な人情を再発見するために、歌舞伎をご覧になるといいかもしれない。

 例えば東日本大震災の時に日本人が隣人愛や道徳心に溢れた国民だと海外から評されたのは、そういう部分でしょう? 義理人情に厚く、狭い島国で互いを思い合ってきた本来の日本人らしさが歌舞伎には見つけて余りあります。

 もう一つは文化の成り立ちです。かつて漢字から仮名を作ったように、日本は外国から文化を取り入れ、なおかつ十分に消化して、自前の文化に昇華させることに長けている。料理でも何でもそうです。最近はその消化と昇華の手間暇を惜しんでか、欧米風の個人主義や効率主義をそのまま鵜呑みにするような風潮もございます。

 外から吸収したものに工夫や洗練を凝らし、独自の世界を創出するまさに日本的文化の一つが歌舞伎なんです。

 この日本人的能力を文化の面で発揮できたら良いのに、と常々思っています。

 お客様の中には、海外の赴任先で外国の方々から歌舞伎のことを聞かれて返事ができなかった、それで日本に帰って早速観に来ました、とおっしゃる方もいらっしゃいます。

 皆さん外国のことは大変よくご存知なのに、日本のこと、特に伝統芸能はご存知ない。もちろん戦後は国中が焦土と化した中で先輩方は文化を顧みる余裕もなく働き、そのおかげで今がある。でもこの辺りで文化に関しても腰を据えて見直し、震災の時に助けて下さった方々への恩返しとして日本の文化力を世界に発信してもいいのではないか。

 いかにグローバル時代とは申せ、まずは己を知り、自国の文化を知ることから始めなければ、真の国際感覚は成りゆきません。その点、歌舞伎はいいですよ。お芝居を観るだけで日本的な人情や文化がわかり、外国の方はもちろん日本人が日本を知るためにも格好の総合芸術……と、多分に我田引水ですが(笑)。

 例えば時の流れを少しだけ巻き戻していただき、二時間を一刻と数えていたころのゆったりした時空に身を置いてご覧下されば、人としてのあり方やこの国の国柄など様々なものが見えてくるのではないでしょうか。人生、早くも遅くも結局行き着くところは同じ。ゆったり豊かに参りましょう。

※SAPIO2014年2月号

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