俳優・綿引勝彦 歌手がいつのまにか芝居が上達する理由を解説

NEWSポストセブン / 2014年2月15日 16時0分

 TBS系の1990年代の昼ドラマ『天までとどけ』シリーズで大家族の頼れるお父さんを演じていたことから、若い世代には”良いお父さん”のイメージが強い俳優の綿引勝彦氏は、かつては悪役で活躍した。綿引が若いころに出会った先輩俳優について思い出しながら、歌手でも芝居が上手くなる人がいるのはなぜなのかについて語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる。(文中敬称略)

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 綿引勝彦は小中高と野球に勤しんできたが、高校二年の時に腰を傷めて挫折する。そんな折、クラスメートに誘われて観た俳優座の舞台『令嬢ジュリー』に感激を受け、演劇の世界に目覚める。その時の主演は仲代達矢と栗原小巻だった。

「世の中にこんな世界があるのかと衝撃を受けましたよ。キラキラしていて。ですから、仲代さんにはずっと憧れていました。映画『鬼龍院花子の生涯』で初めて共演した時は感動しました。

 仲代さんを狙う刺客の役で立ち回りもあったんですが、僕は殺陣が苦手で。遮二無二にやった記憶があります。その必死さが画面に出ていたんじゃないでしょうか。こちらは敵役なので『あなたが好きで役者になった』なんて一言も言いませんでした。もう『負けるもんか』という想いで演じていましたね。『ここまでやっとたどり着いたか』という感慨がありました」

 二十歳の時に劇団民藝の研究生に合格したのを経て劇団員となり、役者人生が始まる。

 その後は民藝の舞台で活躍する一方、1970年代から1980年代半ばにかけては、テレビの刑事ドラマや時代劇などで強烈な悪役を数多く演じている。

「『悪』を演じているつもりは全くなかった。そんなのは後のほうに飛んでいた。気をつけたのは『悪』を前に押し出して演じるんじゃなく、『人間をいかに料理して演じるか』ということ。それは役柄の善悪を問わない。主役と対等に立っていなきゃいけないと意識していました。自分も立ち役として成り立っていないと、主役に失礼だから。

 当時、尊敬していたのは成田三樹夫さんです。京都でご一緒すると昼飯行ったり、将棋をさしたり。タモリさんの『今夜は最高!』という番組に二人で出た時は、成田さんが酒を飲んでテンションが高いからタモリさんもタジタジになってね。

 最近『仁義なき戦い』をまた観ているんだけど、成田さんは絶品ですよ。粘土質の芝居なんです。乾いてなくて、ヌルッとしている。三船敏郎さんや萬屋錦之介さんはスパーンとした芝居をするし、僕も少し乾きすぎというくらい怒鳴ってしまうんだけど、成田さんは怒鳴る時でも弾けさせない。芝居をずっと転がしている感じがあるんです。

 若い頃は良質な人や作品に出合うことを心がけて演じることが大切だと思います。歌手の人がいつの間にか芝居が上手くなることがありますよね。あれも作品や監督や共演者と触れているからです。彼らは音感がいいから、良質な出会いを通して耳から覚えていくんですよ」

●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか新刊『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)が発売中。

※週刊ポスト2014年2月21日号

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