町の嫌われ者のはずな父へ多くの輸血協力 それを見て娘も和解

NEWSポストセブン / 2014年8月4日 16時0分

「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない」これはドイツを代表する文豪ゲーテの言葉。頑固ででしゃばりで町の嫌われ者のはずの父との和解の瞬間を44才主婦が語る。

 * * *
 10代の頃、私は父が嫌いでした。成績が悪いと正座をさせられ、長々と説教を聞かされましたし、口答えをすると叩かれました。困ったことに、それは家の外でも同じだったんです。自治会の役員をしていた父は、誰であろうと、あいさつがないと言っては大声で注意し、自治会費が遅れると取り立て屋のように集金をしていました。ご近所さんから「お宅のお父さん、でしゃばりすぎよ」と嫌味を言われることも1度や2度じゃありませんでした。

 そんな父がある夜、突然苦しみ出しました。母は慌てて救急車を呼び、父につき添って病院に向かいました。それからしばらくして、母から電話がありました。父は急性大動脈解離で、輸血用の血液が足りないというのです。希少な血液型だったのも災いしたようです。私と弟がご近所に協力してもらえるようお願いしに行くと、深夜にもかかわらず、皆が力を貸してくれました。

 町内に電話をして、その知人のかたにも連絡をしてくれて…。嫌われ者の父のために、これほど多くの人が動いてくれるとは思ってもおらず、私は驚き、そして感謝しました。ご近所さんの車で病院に向かうなか、私がお礼を言うと、「あの人がいないと町内はまとまらんよ。ちょっと偉そうだけどな」と笑っていました。

 たくさんの人のやさしさのおかげで、父の手術は無事に成功。

「心配かけたな」と父に言われると、生きていてくれてよかったと心の底から思いましたが、その後の父は相変わらずでした。少しは謙虚になるのかと思いきや、ますます張り切って町内のパトロールをしたり、私たち姉弟にも変わらず、げんこつの雨を注ぎました。

 ただ、たばこをやめ、酒の量も減らしたようです。繋いでもらった命を、父なりに大事にしているようで、80才の今でも元気です。(44才・主婦)

※女性セブン2014年8月14日号

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