拉致被害者帰国悲観論は北朝鮮の狙い 弱点は官僚・マスコミ

NEWSポストセブン / 2014年10月1日 7時0分

 北朝鮮が日本人拉致被害者に関する最初の報告を先送りした。当初は「夏の終わりから秋の初め」とされていたが、報告がいつになるか、見通しが立っていない。

 国内には「拉致被害者の早期帰国は難しくなった」という悲観的な見方がある。だからといって、日本が課した制裁を復活できるかといえば「制裁を復活すれば、交渉が中断してしまうかもしれない」という声もある。

 期待が高かっただけに、先行き悲観論が広がったのは否定できない。だが、私の見方は違う。追い込まれているのは日本ではなく、北朝鮮なのだ。彼らはまさに悲観論が広がるのを期待している。

 それは、北朝鮮の側に立って考えれば分かる。彼らは譲歩はできるだけ少なく、日本の見返りはできるだけ多く引き出したい。当面の目標は万景峰(マンギョンボン)号の入港許可だ。

 それだけでなく、最終的に日本から多額の経済援助を引き出すためには、拉致被害者カードはできるだけ最後まで手元に残しておきたい。ところが特別調査委員会設置後、日本で「拉致被害者が帰ってくる」という期待がかつてなく高まってしまった。

 もしも拉致被害者が帰ってこなければ、万景峰号の入港どころではなく、高まる世論に押されて制裁復活さえあり得る勢いである。

 彼らとすれば、まずは日本人妻や遺骨の帰国程度で万景峰号入港を認めさせたかったのに、大きな誤算が生じた。とにかく日本の期待感を冷やしたい。「残念だけど仕方がない」という「あきらめ感」を広げたい。それが報告先送りの真相だろう。

 したがって、ここで日本自身が悲観的になってしまえば、彼らの思う壺だ。日本は拉致被害者だけでなく特定失踪者も含めて全員帰国を求める声を一段と高めなければならないのである。

 以上の基本構図を踏まえたうえで、あえて日本側の弱点も指摘しておきたい。それは官僚とマスコミである。

 外務省はよくやっていると思うが、官僚には「自分が背負う荷物は軽いほうがいい」という基本姿勢がある。課題のハードルが低くなればなるほど、乗り越えるのがたやすくなって「ほら、ちゃんと跳べたでしょ」と言えるからだ。

 拉致被害者の全員帰国よりも、日本人妻や遺骨の帰国のほうが北朝鮮が妥協しやすいのは言うまでもない。相手から引き出すカードという点でみると、まったく奇妙なことに、北朝鮮と官僚は思惑が一致してしまうのである。

 一方、マスコミはどうか。彼らはもちろん全員帰国を訴えている。建前はそうだ。その裏側には、絶えず「できれば政府の姿勢を批判したい」という秘めた意図も隠している。だから北朝鮮が強腰に出た結果、政府が苦境に陥れば「何をしているんだ、しっかりしろ」と批判する絶好の機会になるのだ。

 そんなマスコミが官僚を取材して「難しい局面になった」と聞くと、何が起きるか。「ほら、みろ」とばかり「政府は苦しい立場だ」という報道になる。実際、報告先送りが明らかになった後は悲観的トーンの報道が相次いだ。さらに踏み込むと「政府は北朝鮮への対応と戦略を見直すべきだ」という話になる。

 肝心の家族会は政府に対して「焦らないでほしい」と注文した、という。だれよりも帰国を望んでいる家族会が冷静な対応を示しているのだ。ここは政府はもちろんマスコミも冷静な姿勢と分析能力が試される局面である。

(文中敬称略)

文■長谷川幸洋:東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。政府の規制改革会議委員。近著に『2020年新聞は生き残れるか』(講談社)。

※週刊ポスト2014年10月10日号

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