東電に入り込んだ裏社会案内人 マスコミコントロールの手法

NEWSポストセブン / 2014年11月25日 11時0分

 政治家、官僚、企業、マスコミという「表」と、暴力団、総会屋、仕手筋、地上げ屋という「裏」が渾然一体となったバブル経済以降、様々な事件が起きた。リクルート事件、東京佐川事件、ゼネコン疑獄、第一勧銀総会屋事件、大蔵・日銀接待汚職事件……。それら事件の裏側には必ず、「最後の情報フィクサー」と呼ばれた男がいた。

 石原俊介──。情報誌『現代産業情報』発行人の石原は2013年4月、71歳の生涯を終えた。一般には無名でも、メディアの記者の間で知らぬ者はなく、報道がタブーに切り込む際に欠かせない「案内人」だった。

 その生涯を追ったノンフィクション『黒幕』(小学館刊)が11月18日に上梓された。石原はどんな「日本のタブー」を捌いてきたのか。著者でジャーナリストの伊藤博敏氏がレポートする。(文中敬称略)

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 福島第一原発事故が起こるまで「東京電力」「原発」はメディアが容易に報じることができないタブーだった。東電がメディア各社に莫大な広告費と購読料を支払うことで反原発報道を抑え込んできたからだ。

 石原は東日本大震災後も東電の「顧問」を務め、年間600万円の報酬を受け続けたことが示すように、東電中枢に深く食い込んでいた。

 それでも石原は疑惑を隠蔽することはしなかった。むしろ原発のタブーに切り込むメディアに情報を与えて報道をコントロールした。その姿勢は3.11以前から一貫していた。

「勝俣(恒久・東電社長。肩書きは当時、以下同)ルートを知っているか」

 2006年8月、私は石原にこう声をかけられた。

 当時、東京地検特捜部は「政商」と呼ばれた水谷功・水谷建設社長を脱税で逮捕。その捜査の延長で、佐藤栄佐久・福島県知事を県発注の「木戸ダム」を巡る収賄容疑で逮捕していた。さらに特捜部は佐藤の余罪として、福島原発再稼働(※注)の際、東電立地地域本部幹部が佐藤の側近に働きかけた汚職疑惑を追い、水面下で捜査していた。

【※注】佐藤知事による福島原発再稼働/2002年8月、福島第一、第二、柏崎刈羽の3原発で長年にわたり多数のトラブル隠しが行なわれていたことが発覚。それにより、福島県内の原発はすべて稼働停止した。2003年7月、佐藤知事は東電の勝俣社長と面会し、運転再開を容認した。

 特捜部の狙いは勝俣──。そう読んだ石原は、東電情報を集めて私に渡し、私からは捜査の進行状況についての情報を求めた。

 結局、キーマンとなった東電幹部の精神疾患や特捜部長の人事異動などで捜査は中断するのだが、私は月刊誌で特捜が原発汚職を捜査していることを記事にした。石原はそれを止めなかった。

 石原には「隠蔽工作は企業のためにならない」という確信があった。

 だから、求められれば記者に事件・事故の背景を説明し、取材の道筋をつけた。さらには、自身が発行する情報誌『現代産業情報』では、東電の協力者だった「原発フィクサーX氏」を舌鋒鋭く批判し続けた。

 顧問でありながら、顧問先の企業のネガティブ情報を書くことは困難な作業だ。それでも、「いずれ破られるタブーなら、自ら明らかにして、マスコミも捜査機関もコントロールしたほうがいい」というのが石原の主義であり、だからメディアがタブーを報じる際の「案内人」たりえた。

※週刊ポスト2014年12月5日号

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