1948年に始まった皇居の一般参賀 今の形式になるまでの経緯

NEWSポストセブン / 2015年1月1日 16時0分

 日の丸を振る人々で皇居が賑わう季節がやってきた。12月23日の天皇誕生日の一般参賀に続き、1月2日には新年一般参賀が行なわれる。

 今回の新年一般参賀には12月29日に20歳の誕生日を迎えた秋篠宮家の次女、佳子内親王が初めてお出ましになるとあって、平成に入ってからは皇太子ご成婚翌年(1994年)の約11万人に次ぐ、約10万人の参賀者が見込まれている。一般参賀は1948年に始まった。神道学者の高森明勅氏が解説する。

「二重橋そばで記帳を受け付け正門から帰す予定だったが、予想以上に人が集まったため、参賀者を正門から西の丸に通して坂下門から帰すという流れになった。

 当時は宮殿が戦火で焼失していたため、昭和天皇は宮内庁の屋上からその様子を眺められた。それが最初のお出ましとされています。その事実が国民に伝わり、宮内庁庁舎に万歳を唱える国民に陛下がお応えになるという形式になったのです」

 1968年に宮殿が再建されてから、宮殿2階にある長和殿ベランダに成年皇族が並ぶ現在のスタイルとなった。一般参賀は天皇誕生日と新年の年2回だが実施要領は異なる。

「お出ましの回数(現在は天皇誕生日は3回、新年は5回)に加えて、新年の参賀では乾通りを通って、日本武道館などがある北の丸公園側の乾門からも出られるのです」(高森氏)

 乾通りは最近も話題になったばかりだ。天皇の傘寿の記念として、2014年春と冬に一般公開された。各5日間にわたる公開では、春に約39万人、冬に約35万人が訪れた。

 また、2014年5月と10月に抽選制で行なわれた宮殿の特別参観の倍率は573倍(5月)だった。

※週刊ポスト2015年1月1・9日号

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