「終活」開始の橋田壽賀子 死後葬式不要、新聞に載せないで

NEWSポストセブン / 2015年1月6日 16時0分

 未年(ひつじどし)は、激動の年となることが多い。1991年にはバブルがはじけ、ソ連が崩壊、湾岸戦争が勃発した。2003年にはイラク戦争、香港のSARS禍が発生した。今年も劇的な出来事が起きるかもしれない。そんな年初にあたって、「これだけは言っておかなければ気がすまない!」というのが脚本家の橋田壽賀子さんだ。現在89才の橋田さんが、「終活」について語る。

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 昨年の夏、ピン子(泉ピン子、67才)が訪ねて来て、「ママは来年、90才になるんだから、今のうちに身のまわりを整理したほうがいいわよ」と言うので、「終活」を始めました。

 お手伝いさんの協力を得て取りかかったのですが、これが大変。まず、段ボール10箱分ほどの写真や手紙類を処分して、蔵書のほとんどを地元の図書館に寄贈しました。

 もらったものを含めて、ハンドバッグがなんと120個も出てきたのには笑ってしまいました。洋服はこれからも着る物だけを残して、他はリサイクルショップに引き取ってもらいました。

 家を片付けていて思ったことは、高齢者は、物の少ないすっきりとした家で暮らすほうがお洒落に見える、ということ。そして急に最期が来たとき、親戚や友人から「お家がきれいに片づいていたわね」と言われたい。それは誰もが願うことではないでしょうか。

 26年前に主人が逝き、子供のいない私は天涯孤独の身となりました。老後は誰も頼りにできない…。その覚悟から、ひたすら仕事をしてひとりきりの老後に備えるしかありませんでした。その上で弁護士さんに後見人を立ててもらいました。ボケたり、病気になったりしたとき、最低限の面倒をみてもらえるようにしたんです。

 90才を目前にして、このあいだ、「終活ノート」にこう認めました。《私が死んだら、お葬式はいりません。新聞にも載せないでください》と。知らぬ間に消えてしまいたい、これが偽らざる思いなのです。

 ところが、この気持ちとちょっと矛盾しますが、お墓だけは新たに建てることにしました。やはり、両親が眠る場所に一緒にいてあげたい、という気持ちが強くなってきたのです。菩提寺が愛媛県の今治にあるので、そこに入ることにいたしました。

 そんな私がひとり暮らしになって、自分自身に約束したことは、本当につきあいたい人とだけつきあうということでした。もし、あなたがいやいやつきあっている人がいるとすれば、どこかで見返りを期待しているのではありませんか。

「あんなによくしてあげたのに、何もしてくれない…」

 それは相手への恨み節です。だから人を恨まない、そして頼らない。それが老後を気楽に生きるコツだと思います。もう一つ大切なのは、「ひとり」を楽しむための何かを見つけることです。

 例えば、カルチャーセンターではさまざまな教室が開かれています。各市町村の自治体では、写真などの趣味を同じくする同好会がたくさんあります。

※女性セブン2015年1月22日号

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