文明開化から150年目の食肉新時代 今年はジビエ元年に

NEWSポストセブン / 2017年1月1日 16時0分

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野生のイノシシもジビエ肉

 今年は狩猟で捕獲された野生の鳥獣を料理する「ジビエ料理」が本格的に定着するかもしれない。その予兆はある。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。

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 この数年「第四の肉が来る!」というようなことを言い続けてきたが、2016年にはようやく牛、豚、鶏以外の肉に本格的に目が向けられるようになった。羊肉の名店で知られる神田「味坊」や池袋「聚福楼」もそれぞれ近隣に新店をオープンさせ、都内にはジビエ専門の会員制一軒家レストランも開業した。2017年、いよいよ牛、豚、鶏以外の肉が本格的に日本に定着する年になる。

 長く続くブームが転換点を迎えるとき、そこには理由がある。

 そもそも明治の文明開化で肉食が日本に定着して以降、日本人にとって「肉」と言えば牛肉だった。近代国家の建設を目指した明治維新政府は長くタブーとされてきた牛肉食を解禁。市中の牛肉店には「官許牛肉」の看板が並び、東京府下には麻布本村、芝三田、千住など6か所に屠牛場の開設が許可された。

 ところが大正期に入ると特に関東では消費は豚肉にシフトする。そのきっかけとなったのは1904(明治37)年に開戦した日露戦争だった。「軍隊の糧食中最も緊要で最も力と頼む副食物は何であるかと云ふに、牛肉に越すものはありません」(京都府技師獣医学士古川元直「畜牛家の覚悟」(京都府臨時郡農会会長会に於る古川技師講話)と言われるほど、牛肉の評価は高かった。

 生肉に関しては現地調達も多かったが、兵食となれば保存の効く缶詰が重宝される。国内での屠牛頭数は平均20万頭だったのが、開戦した年には28万頭と一気に40%も伸びた。

 だが生き物である以上、たやすく「増産」ができるわけではない。国内の牛肉は品薄になり、たちまち価格は暴騰した。1904年から1905年の1年間で約30%、生肉価格が高騰。その頃から民間消費は豚肉へと移行していく。不足した牛肉の代わりに豚肉が食肉として脚光を浴びるようになる。

 当時の報知新聞には豚肉食をテーマとした啓蒙小説も連載され、日常の食卓にも肉が昇るようになった。1908(明治41) 年には日本で最初の豚肉料理書『家庭重宝最新豚料理』(原田嘉次郎)も出版された。

 とはいえ、兵庫や岡山といった牛肉の一大生産圏のある関西では牛肉食が色濃く残った。1933年の農林省畜産局『全国都市に於ける主要畜産物の需要供給概況』によれば、都市における年間豚肉消費量の一人あたり平均は 366 匁。もっとも関東の 773 匁に対して、近畿と四国は 100 匁 / 人・年にも満たず、生産量も関東が全国の 6 割超を占めた。

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