韓国人が自然科学分野でまったくノーベル賞を獲れぬ理由

NEWSポストセブン / 2017年1月7日 16時0分

 では、これは正しい主張なのか? 韓国人は当然正しいと主張する。多くの外国人はそこで「そんなバカな」と笑い出すだろうが、ここで論理的に彼ら韓国人の主張が正しいと仮定してみよう。

 そうすると、すべてのオリジナルなものは韓国人の発見および発明ということになる。

 一方、ノーベル賞というものの本質は何かと考えてみれば、特に自然科学の分野におけるノーベル賞というのは、オリジナリティーの極致であると言える。これは誰しも異論が無いはずだ。すると、韓国人のオリジナリティーを生み出す能力が、その主張どおり人類最高だとしたら、当然韓国人から自然科学の分野におけるノーベル賞の受賞者が輩出、いや韓国人で独占しても不思議はないはずだ。論理的にはそうなるはずである。

 しかし、そうではない。実際は輩出、独占どころか2016年の時点で韓国人の受賞者は一人もいない。ということは大前提とした「すべては韓国発祥である=韓国人のオリジナリティー創作能力は人類最高」という仮説が間違っていたということだ。

 むしろ一人もいないのだから仮説とは真逆の「韓国発祥のものはほとんど無い=韓国人のオリジナリティー創作能力は人類最低」というのが真実であるか、少なくとも真実に近い、ということなのである。

 ここで、そんなことは絶対に認めないと叫んで、冷静な議論が耳に入らなくなるようでは、韓国人は永遠に朱子学の悪影響を脱することはできない。そう叫ぶこと自体、じつは朱子学の毒に冒されているのである。

※週刊ポスト2017年1月13・20日号

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