暗殺2週間前 金正男からジャーナリストに届いたメッセージ

NEWSポストセブン / 2017年3月4日 16時0分

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真相究明はどこまで進むか Reuters/AFLO

 かつて北朝鮮・金正日総書記の後継者と呼ばれたこともある金正男氏が暗殺された。指令を下したのは腹違いの弟・金正恩委員長とみられる。今から3年前、マレーシアで当の正男氏に直撃したジャーナリストの李策氏が、暗殺2週間前に受け取ったというスマホのメッセージを公開する。

 * * *
 1月28日、私のスマホに1通の年賀状が届いた。メッセンジャー・アプリ「カカオトーク」に画像で送られてきたもので、新年のあいさつが1行、韓国語で書かれただけのシンプルな便りだ。送り主のハンドルネームは韓国名だが、日本語に直すと「福ちゃん」といったところで、自分の外見から付けた名前だろう。

 彼の本名は、金正男。北朝鮮の故金正日総書記の長男で、金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄である。

 年賀状が届いてからわずか2週間余り後、我々が知り合ったマレーシアの地で殺されることになるとは、想像も出来なかった。

 私が正男氏とメッセージをやり取りするようになったのは、2014年4月からのことだ。正男氏の滞在先情報を得た私は、週刊誌と報道番組の制作会社との合同企画として、彼のインタビューを行うべくマレーシアに飛んだ。

 当時、正男氏はすでに何度も海外の空港などでキャッチされ、カメラの前でコメントし、本人のメールをまとめた書籍も出ていた。これ以上、立ち話を盗み撮りしたようなインタビューを報じても意味がない。正式に取材を申し込み、承諾を得られなければ何も撮らず、何も書かないと決めていた。

 前年12月、正男氏の後ろ盾とされていた叔父・張成沢元国防副委員長が正恩氏によって処刑されていた。正男氏が危うい立場にあることは考えるまでもなくわかる。だから正恩氏や本国に対する批判めいた言葉を引き出すのではなく、北朝鮮と日本、そしてアジアの未来像について聞こうと思った。

 もっとも、この質問は消去法で決めたわけでもなかった。私は1995年の春、北朝鮮・平壌のホテルで偶然、彼を見かけている。そのときから自分とほぼ同い年の彼に興味を持ち、「この人は、どのような世界観を語るのだろうか」と考えていたのだ。

 マレーシア入りして数日後、私は正男氏と接触することができた。彼が滞在していたのはクアラルンプールの長期滞在者用レジデンス。一泊1万5000円ほどだったから「超高級」というわけでもない。Tシャツ、短パン姿の軽装で、護衛はついていなかった。

 路上で立ち話をしながら懸命に口説いたが、彼は「もういかなる言論社(メディア)、言論人とも接触しない」として、取材を頑なに拒んだ。彼が本国の権力世襲を批判した内容を含む日本の書籍から、相当なダメージを受けたようだ。

 それでも、私の熱意は汲んでくれたようだった。私は、自分がかつて北朝鮮を支持する民族団体に所属し、その後に立場を変え、北朝鮮の民主化を志向するに至った経緯を綴った手紙を彼に渡した。すると、カカオトークで次のようなメッセージが届いた。

「手紙を確かに受け取りました。あまりに率直な内容に感銘が深いです。皆が、所信に従って自分の人生を生きるのが基本だと思います。李策さんの手紙に共感します」

 これ以降のカカオトークでのやり取りでは、私も突っ込んだ質問を避け、時候の挨拶を交わすのがほとんどになった。それでもいずれ打ち解けて、北朝鮮の未来について話し合ってみたいとの思いは捨てなかった。

 それがかなわなくなったことが、無念でならない。

※SAPIO2017年4月号

NEWSポストセブン

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