確実視される「恩赦」 過去に8人殺害死刑囚も仮釈放された

NEWSポストセブン / 2018年3月14日 11時0分

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「恩赦検討」報道も(毎日新聞2017年8月13日付)

 2019年4月30日、今上天皇が生前退位し、翌5月1日に、皇太子が新天皇に即位する。この慶事に際し、実施が確実視されるのが「恩赦(*)」だ。毎日新聞(2017年8月13日付)はすでに法務省が検討に入ったことを報じている。

【*/恩赦法で大赦、特赦、減刑、刑の執行免除、復権の5つが規定されている。国家的慶事などの際には、政令で恩赦の対象となる刑の種類などの要件を定め、実施される】

「過去の皇室関連の慶事の例を踏まえれば今回も恩赦は行なわれるでしょう。法務省所管の中央更生保護審査会が検討を行ないますが、対象者が誰になるかの審議過程ならびに審査基準は非公開で、厚いヴェールに包まれています」

 そう語るのは、今年1月に『恩赦と死刑囚』を上梓したノンフィクション作家・斎藤充功氏だ。

 恩赦は戦後12回実施され、そのうち5回が皇室関係の慶事のタイミングである。直近となる1993年の徳仁皇太子の成婚時には、1277人(うち7割が公職選挙法違反者)が対象となった。

 実は過去に「死刑囚」がこうした恩赦の対象になったことがある。1993年のケースではなかったが、恩赦によって無期懲役に減刑され、仮釈放によって“生還”した死刑囚は確かに存在するのだ。

「恩赦には明文化された基準がなく、対象は時代とともに変化してきました。ひとつひとつの事例が詳細に公開されないのではっきりしないところが多いのですが、恩赦によって死刑から無期懲役に減刑になった死刑囚の数は14~24人と言われています」(斎藤氏)

 終戦直後の1946年1月、和歌山県で一家8人が惨殺される事件が起きた。犯人は被害者一家の主人の弟であるK(当時26歳)。事件後、逃亡を図るも2年後、警察に自首して逮捕される。事件の裁判はわずか40日で結審した。Kには死刑判決が下った。

 だが、4年後に思わぬ事態が訪れる。52年のサンフランシスコ平和条約の締結を祝して実施された減刑令によって、Kは無期懲役に減刑となったのだ。

「当時の恩赦では、『強盗殺人』や『放火殺人』のように2つ以上の刑罰が科せられた死刑囚は対象外でしたが、Kは犯行時に兄の自宅から金品を奪っておらず、強盗罪は科刑されていなかった。そこが運命の分かれ目となりました。Kは事件から22年後の1968年に仮釈放となり、48歳で社会復帰しました。その後の消息は不明で、生きていれば今年98歳になります」(斎藤氏)

(文中一部敬称略)

◆文/斎藤充功(ノンフィクション作家)と本誌取材班

●さいとう・みちのり/1941年東京都出身。近現代史や凶悪事件を中心に取材、執筆活動を続ける。『3650 死刑囚小田島鐵男“モンスター”と呼ばれた殺人者との10年間』(ミリオン出版)など著書多数。新著に『恩赦と死刑囚』(洋泉社新書y)がある。

※週刊ポスト2018年3月23・30日号

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