出口治明氏 日本人よ、「定年」という観念をもう捨てよう

NEWSポストセブン / 2018年7月11日 11時0分

写真

ライフネット生命の創業者・出口治明氏

 定年後、私たちはどう生きるのか──そのヒントを、ライフネット生命の創業者・出口治明氏は「戦前の日本」に見いだす。歴史学者の奈良岡聰智・京都大学大学院教授を相手に、「古くて新しい日本人の生き方」を提示する。

奈良岡:出口さんはなぜ、明治期の実業家に興味を持たれたのでしょう?

出口:僕は歴史についての講演をよく頼まれるのですが、その際に「日本人の良さ」や「日本人の特徴」とは何かと質問されます。昔はあまり深く考えずに「真面目さとか我慢強さでしょうか」と答えていました。ところが、昔の実業家たちの型破りな生き方を知れば知るほど、ひょっとすると全く違うのではないか、と考えるようになりました。

奈良岡:明治期というのは、まだ国民国家としての日本のあり方が固まっていなかった時代ですよね。だからこそ、日本という国家のあり方、お金のつくり方、社会や組織と人間とのかかわり方も多様だったんですね。

出口:製造業の「工場モデル」が社会を牽引した高度成長の時代は、確かに「メザシの土光さん」のような質素倹約型が、日本人経営者、あるいはビジネスパーソンの理想的な姿と考えられたかもしれない。でも、ほんの100年ぐらい時代を遡ってみれば、映画ビジネスで大儲けしながら孫文の革命にほとんど全財産を投じた梅屋庄吉や、真珠の世界的ブランド・ミキモトを作った御木本幸吉のような、現代の感覚からはかけ離れたスケールの実業家がいた。

 スティーブ・ジョブズ(アップル創業者)の人物伝を読まなくても、日本にだってまるで今のシリコンバレーの起業家のような規格外の人間が、ゴロゴロいたんじゃないか。そう思って起業家たちの生き方から学べることを『戦前の大金持ち』(小学館新書)という本にまとめました。

奈良岡:そもそも戦前はサラリーマンという職業がほとんどなかったわけですからね。

出口:そうなんです。彼らには当然、定年といった概念もなく、それこそ誰もが生涯現役を貫いていることにも勇気づけられました。

奈良岡:大倉財閥の大倉喜八郎は、90歳近くなってから南アルプスを平気で登山しています。80歳を越えてから子供もつくったと言いますし、超人的なバイタリティです。

出口:でも、逆に言えば、彼らは定年などというものを意識しないから元気なんですよ。病は気からと言いますが、気持ちの持ちようがその人の体力をつくっていく。60歳が定年だと思うと、60歳を過ぎたらもう遊べないと思い込んで、実際に遊べなくなってしまう。でも、定年という意識がない人たちは、そんな区切りを気にすることなく現役で居続けられる。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング