『Santa Fe』ほか90年代「女優写真集ブーム」の背景

NEWSポストセブン / 2018年8月9日 16時0分

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90年代、なぜあれほど盛り上がった?(写真はイメージ)

 1991年10月13日の読売新聞、翌日の朝日新聞に写真集『Santa Fe』の全面広告が掲載された。全裸の宮沢りえが股間に手を添えて立ち、指の間に黒い影が見えている──全国紙にヌード写真を使った全面広告が掲載され、しかもモデルは18歳のトップアイドル、撮影したのは篠山紀信氏という最も著名な写真家。そんな前代未聞の事態に世間は騒然となり、発売日の11月13日には民放のワイドショーばかりかNHKの全国ニュースにまで取り上げられた。

 これによって本格的なヘアヌード写真集の時代が幕を開けた。1990年代を通して樋口可南子、荻野目慶子、島田陽子、大竹しのぶ、石田えり、杉本彩、川島なお美、石原真理子、宮崎ますみ、高岡早紀、菅野美穂、葉月里緒奈ら有名女優、タレントが次々とヘアを晒し、一流写真家が撮影した。

 ブームのピークは1994年で、年間200冊以上が発売され、売れに売れた。『Santa Fe』の155万部は今も写真集として世界最高記録であり、他の作品も数十万部を売り上げた。

「写真集がこれほどの社会現象になったのは、写真史上、空前絶後のことです」

 と、写真評論家の飯沢耕太郎氏は指摘する。島田陽子『KirRoyal』が55万部のヒットを記録すると、松尾嘉代、辺見マリ、西川峰子、伊佐山ひろ子ら“熟女”が次々と挑戦。女子プロレスラー・井上貴子、元女流棋士・林葉直子ら“異業種”からの参入も続出した。

 写真家・加納典明氏は素人モデルを使って写真集を作り、人気を呼んでいたが、猥褻図画に当たるとして逮捕された。藤田朋子の写真集は本人が出版を了承していないと訴え、発売直後に出版差し止めの仮処分になった。なぜこれほどまでに「ヘアヌード」が熱かったのか? 飯沢氏はその背景を2つ指摘する。

「ひとつは経済との関係で、経済に活気があると人々のエロスへの欲求も高まります。90年代初頭、すでにバブルは崩壊していましたが、それでも後の長い停滞期より勢いがありました」

 長い間抑圧されてきたヘアの表現が、ようやく解禁された開放感も熱気に拍車をかけた。

「もうひとつ、1980年代に女性の社会進出が進み、自己表現への欲求が高まっていたことも大きいですね。ヘアヌードがその欲求を実現する手段のひとつになったのです」(飯沢氏)

 当時の新聞、雑誌は女優、タレントだけでなく、自己表現として自分の裸を撮影してもらいたいと願う素人女性が激増したと報じている。1992年に『an・an』が、篠山紀信氏撮影という条件で読者モデルを募集したところ、なんと1626人が応募したという。

 その後、2000年代以降もヘアヌード写真集は出版され続け、マタニティヌードを披露した歌手hitomi、新聞に全面広告を打ったバレリーナ草刈民代、映画の公式写真集で脱いだ壇蜜など、そのときどきに話題となったものも少なくない。

 だが、黄金時代だった1990年代に比べるとインパクトは小さいと言わざるを得ない。2000年代以降にネットが本格的に普及し、事実上表現に規制がなくなったことで新たな表現を獲得したときの開放感もなくなり、長期間に及ぶ経済の停滞によって日本人の性的なエネルギーも低下・分散してしまった。

 来年5月に改元を控えた今、平成の30年を振り返り、日本社会の変容の行方を占ううえで、ヘアヌードブームは欠かせない「事件」だったと言えるだろう。

※週刊ポスト2018年8月17・24日号

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