創業90年、男のダンディズムを追求した「マンダム」の歩み

NEWSポストセブン / 2018年9月5日 11時0分

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マンダムは今年創業90年

「う~ん、マンダム!」──1970年に始まったCMは、子供から大人まで日本中の男たちを虜にした。武骨で男臭いチャールズ・ブロンソンを起用して一世を風靡した化粧品メーカー「マンダム」が、昨年12月に創業90周年を迎えた。

“男の身だしなみ”を追求し、日本に新たな男性コスメティック文化を創造し続ける同社の最初のエポック的な出来事は、金鶴香水株式会社として創業した1927年の6年後、1933年に発売した日本初の植物性固形整髪料「丹頂チック」だった。男性から女性まで爆発的ヒットを記録。戦後も広告に俳優・三船敏郎を起用するなどして不動の人気を獲得、3年後には国内のチック市場の9割を占め、1959年に社名を丹頂株式会社に変更した。

 しかし、1962年にライオンが整髪料「バイタリス」を発売すると風向きが変わった。売り上げは激減し、窮地に立たされる。

「髪型の流行の変化についていけなかったということです。その反省からマーケティングに力を入れ、さらに『生活者発、生活者着』という当社の理念につながりました」(同社広報部)

 こうして生まれたのがマンダムシリーズだった。CMに当時の年商の3分の1、10億円の巨費を投じるという、文字通り社運を賭けたプロジェクトは見事成功を収めた。マンダム製品は飛ぶように売れ、翌1971年には社名を株式会社マンダムに改めた。

 その後、1970年代後半に再び経営危機に見舞われるが、1978年に発売した新シリーズ「ギャツビー」が萩原健一、松田優作らのCM起用などで人気を呼び、会社は立ち直った。

「先入観を捨て、タブーとされる価値観に挑む社風が定着したのはこの時期です。たとえば、洗顔フォーム。当時は女性用と相場が決まっていましたが、男性用として発売してヒット商品に育ちました」(同社広報部)

 さらに1989年に業界初の無香料男性化粧品「ルシード」、1996年には「外で男がペーパーで顔を拭く」行為を定着させた「フェイシャルペーパー」など、“攻めの商品開発”で市場を切り開く。

一方で、女性市場や海外にも進出するなど、創業90年の老舗企業とは思えないチャレンジマインドは、荒野を駆けるブロンソンの姿と重なる。

※週刊ポスト2018年9月14日号

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