中尾彬が語る終活「アトリエ・マンション・ねじねじも処分」

NEWSポストセブン / 2018年9月15日 16時0分

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中尾彬氏が終活を語る(撮影/小暮誠)

「終活」──。2009年に登場したこの言葉は、人生の“終わり”に向けた準備であり、天寿を全うするための助走を意味していた。ところが、この10年で「終活」は変わりつつある。人生の残された時間と向き合うことで、第2の人生を豊かに過ごすきっかけとなっている。それは、著名人も同じ。俳優・中尾彬(76)が語った。

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 今年、『終活夫婦』という本を出したけれど、私は死ぬための準備とは思っていないんですよ。

 終活の契機は11年前、病気で倒れ生存率20%と言われたことです。この年は(妻の池波)志乃も大病をしたし、おふくろも亡くなるなど複数のことが重なって、そのときに志乃が今後は色々と整理をしておかねばと考えたらしい。でも、病気になってすぐに言われたら、私は気が進まなかったね。それから5、6年経って、病気をしたことも忘れてしまうくらい元気になったところで志乃から「そろそろ考えてみない?」と切り出されて、ようやく「そうだな」という気持ちになった。こういう話は、どちらかが弱っているときにするべきではないと思ったね。

 最初に用意したのは遺言。次が墓。それから、徐々にモノを減らしていった。千葉にあったアトリエも、沖縄のマンションも手放しました。我々の体力が衰えているので、以前のような使い方ができなくなっていたんです。

 アトリエは窓ガラスなどが特注品ばかりで修理をするなら総額500万円はかかると言われた。それで、修理してでも使うか、売るかを考えた。不動産屋に査定を頼んだら、現状のまま売るのと、更地にして売るのとほとんどトントンだと分かったので、マイナスにならなければいいということで売却話をまとめてもらいました。こういうことはガツガツするとダメ。「もっとまけろ」とか言い始めると、結局けじめがつかなくなる。決断するだけだね。

 沖縄のマンションも、沖縄に行くこと自体が体力的に厳しくなった。楽しむために行っていたはずが、いつしか掃除をする目的で行くようになって疲れてしまってね。それなら手放して、沖縄に行くときはホテルに泊まればいい。家を手放しても、そこでできた友達は財産になっているから、それでいいんだよ。

 モノも処分しています。大量にあった食器や洋服は業者に引き取ってもらったけれど、びっくりするほど安い。買ったときの値段しか頭にないからだろうね。

 困ったのは書籍。江戸川乱歩の初版本の全集などもあったので、捨てるには忍びない。志乃がインターネットで欲しい人の手に渡りやすい古本屋を見つけてきました。こういうことがわかると、処分もやりがいが出てくる。

 私がいつも首に巻いている“ねじねじ”も、200本を処分しました。何百本あっても、結局は好きな色や生地しか巻かないので、使うものだけを残して、あとは捨てました。

 今でも新しい“ねじねじ”は買っているんです。ただ、今までは何でもかんでもという感覚でしたが、良いものを選んで一本一本買うようになったね。

 年を取ると体力も衰えるし嗜好も変わる。すると、不必要なものもたくさん出てくる。私の終活は、年齢相応に生活を見直して、これから新たに生き、過ごしていくための作業だと思う。

※週刊ポスト2018年9月21・28日号

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