樹木希林さん 「がんと生き、がんで死ぬ」を全うした晩年

NEWSポストセブン / 2018年9月22日 7時0分

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最後までがんを生きた樹木希林さん(写真/ABACA PRESS/時事通信フォト)

 9月15日、女優の樹木希林さんが逝去した。享年75。最期まで第一線で活躍を続けた女優は、10年以上にわたって、がんと共に生きる日々を送った。

 樹木さんはがんが見つかる度、鹿児島のクリニックを訪ねた。放射線療法の一種の「四次元ピンポイント照射療法」を行なう施設だ。医療ジャーナリストの田辺功氏は同療法についてこう語る。

「がん組織に対して放射線を立体的に当てる『三次元照射』に、呼吸によるがんの位置変化を追跡する時間軸を加えたのが『四次元ピンポイント照射』です。がん細胞のみを狙い撃ちし、正常な細胞を傷つけることが少ないため体への負担が軽いとされています。一方、保険適用外のため、1回の治療で150万~250万円ほどする」

 樹木さんは臨床試験で実証された標準治療ではない道を選んだ。結果として、彼女はがんを患いながらも女優として生き続けた。

 その遺作は、来年公開予定の映画『エリカ38』だ。樹木さんが初めて企画を手がけ、撮影は今年1~4月に行なわれた。主演の浅田美代子(62)へ演技指導をし、編集にも入念にチェックを入れていたという。

「本当に病気なのか、と驚かされるほどでした。がんを告白してからは、人生の終わりが近づいていることを意識してか“むしろいい作品を残したい気持ちが高まってきた”と話していたほど」(映画関係者)

 撮影後の5月、映画『万引き家族』のカンヌ国際映画祭での公式上映のため、フランスを訪れた。死のわずか4か月前のことだ。

 帰国後には、一人娘の也哉子(42)や孫と一緒に、都内の中華料理店で食事する姿が報じられた。杖を突いていたものの、足取りは“全身がんだらけ”とは思えないほどだったという。

〈抗がん剤で髪の毛が抜けたり、生活の質を下げてまで治療するのはどんなものか、と思ってね。食べたいものを食べて、飲みたいものを飲んでという、当たり前の生活を送りたいのよ〉

 がん告白後、『週刊新潮』の取材に樹木さんはそう答えていた。

 8月13日、樹木さんは友人宅で転倒し左大腿骨を骨折。15日に手術を行なったが、その後一時危篤状態に陥ったこともあったという。声が出せず、筆談で生活を送った。

 結果的に叶わなかったが、9月4日に行なわれた10月公開映画『日日是好日』のプレミアム試写会への登壇を、直前まで切望していたという。そして入院から約1か月、樹木さんは慣れ親しんだ自宅に戻った。

〈自宅でみんなに囲まれて、夫(内田裕也、78)には「おたくどちら様ですか?」ぐらいのことは言って死にたい〉

 2016年2月に出演した『クローズアップ現代』(NHK)で、今際(いまわ)への希望をそう明かしていた樹木さん。治療法の選択は“生き方”を選ぶことにほかならない。そんなふうに考えさせられる。

※週刊ポスト2018年10月5日号

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