岸田健作 ホームレス生活経験すると些細なことでも幸せ感じる

NEWSポストセブン / 2012年1月2日 7時0分

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ホームレス生活について語る岸田健作

屋根のない公園で、食事はゴミ箱にある残飯、体を洗うのは公衆トイレ、お金がなくなると通行人に声をかけて恵んでもらうことも――彼の告白したホームレス生活は、思いのほか過酷なものだった。『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の“いいとも青年隊”などで活躍しながら約7年前、自らホームレスになる道を選んだ岸田健作(33)。第2回インタビューでは、そんな辛い生活から、どのように立ちあがり、芸能界に復帰を果たしたのかを聞いた。

――ホームレス生活をやめるきっかけは?

岸田:ホームレスをやっていた代々木公園で“カホン”っていう民族の箱型の打楽器を叩いている人と、それに合わせて踊っているダンサーを見たことです。ぼくがもともと芸能界にはいったきっかけが、ダンスだったんです。ダンサーとしてのぼくが声をかけられていいとも青年隊という形でデビューしたので、自分に何かひとつ芸があるとしたらダンスでした。

生演奏でダンスをしている光景が新鮮で、見た瞬間に「バンドでダンスをやりたい。これだ!」と思った。バンドにはギターとベースとドラムとボーカルが必要だから仲間を探さなきゃ。インターネットの掲示板に募集サイトがあるだろうと思って。まずはこの生活をあがって、漫画喫茶に行くためのお金を仕入れなくてはいけない。人を見つけた時に、コンタクトとるための携帯電話が必要だ、よし、アルバイトしようって思ったんです。

――そこからはどんな風に動いたんですか?

岸田:道ゆく人に「アルバイトってどうやるんですか?」って聞きましたね。そこしか情報源がないんで。さすがにその質問に関してはまともに答えてくれる人がいなくて。「本当にごめんなさい、自分はアルバイトをしたことがない人間で」なんて話から聞いてくれる人もいて「バイト情報誌っていうのがあるから」って教えてくれた。「お金がないんですよ」っていうと「駅とかにアルバイト求人誌のフリーペーパーもあるから」って。

――また芸能界に戻ろうとは?

岸田:芸能界っていうよりは、バンドを組んでやっていこうって思いました。そう思ってからは、ホームレス生活から完全に抜け出しました。

――ホームレス生活あけて、最初のディナーは?

岸田:何を食ったかは覚えてないんですけど、人からもらったものではなく、自分で買った“新品”のものを食えた幸せはよく覚えてます。ホームレス辞めてからは、仕分けのバイトを始めました。日給が8千円だったんですけど、そのお金でコンビニのおにぎりとか缶ジュースとかを、とにかく自分が働いたお金で買えたあの感覚が忘れられない。多分、こんな話しても経験してないと分かんないと思いますけど(笑い)

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