『太陽にほえろ!』 浅野ゆう子が放った裕次郎仰天の一言

NEWSポストセブン / 2018年10月16日 7時0分

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石原裕次郎を驚かせた一言とは?

 現在、テレビ界では“刑事モノ”が大人気。近年の刑事ドラマでは女性の活躍が目立つが、黎明期での扱いは異なっていた。1961年に『七人の刑事』(TBS系)と、『特別機動捜査隊』(NETテレビ=現・テレビ朝日系)が始まり、お茶の間の人気を博したが、捜査一課は男性ばかりだった。1972年から1986年まで放送された『太陽にほえろ!』で初めて本格的な女性刑事が誕生する。プロデューサーを務めた岡田晋吉氏が振り返る。

「刑事ドラマを視聴者にとり身近なものにしたかった。そして長く続けるのが最大の目標だったんですが、出演者が男ばかりだと女性視聴者の興味を引かない。でも当時は現実の警察にも女性刑事は存在しなかったので、少年課の役として登場させ、しばらくしてから女性刑事に昇格させました。大映から(番組制作に関わった)東宝に移籍した関根恵子(現・高橋惠子)さんにお願いしました」

 関根演じる内田伸子刑事は、やがて松田優作演じるジーパン刑事と恋に落ちて婚約に至る。その矢先、ジーパンは凶弾に倒れた。111話「ジーパン・シンコその愛と死」(1974年放送)は刑事ドラマ史に残る名エピソードだ。

「優作を幸せの絶頂で殉職させれば感動が強くなると思ったんです」(岡田氏)

『太陽にほえろ!』の大ヒットで、刑事ドラマブームが再熱する。プライム帯で週11本もの刑事ドラマがあった1975年5月、『Gメン‘75』(TBS系・1975年~1982年)が始まった。映画監督の樋口尚文氏が話す。

「藤田美保子さん演じる響圭子は、素朴で庶民的なシンコと異なり、アクションシーンも見事にこなし、国際刑事警察機構にも顔が利くという実務にも長けた刑事だった」

 藤田のようなハードボイルドな女性刑事も台頭しつつあったとはいえ、主流は『太陽にほえろ!』でお茶汲み係を務めた青木英美や浅野ゆう子のようなマスコット的な役割だった。

「浅野さんは当時まだ中学生。最初の撮影の時、石原裕次郎さんの隣に立ち、『私のほうが脚が長い』と言ったんです。石原さんもビックリしていましたね(笑い)」(岡田氏)

 1977年開始の『特捜最前線』では、関谷ますみが清涼剤だった。

「画面上だけでなく、男ばかりの撮影に紅一点がいると、雰囲気が和らぐんです。現場のチームワークは視聴者にも伝わりますし、大事な役割です」(樋口氏)

◆岡田晋吉:1935年生まれ。1957年に日本テレビに入社し、『青春とはなんだ』『太陽にほえろ!』『俺たちの度』『大都会』など数多くのヒットドラマを手掛ける。現在は川喜多記念映画文化財団非常勤理事を務める。

◆取材・文/岡野誠

※週刊ポスト2018年10月26日号

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