タイガース再結成 岸部四郎復帰を一徳反対も沢田研二が説得

NEWSポストセブン / 2012年2月5日 7時0分

1960年代後半、GSブームの頂点に立った『ザ・タイガース』。41年前に解散コンサートを行ったあの日と同じ1月24日、場所も同じ日本武道館で行われた『沢田研二LIVE』の最終公演で、ザ・タイガースの元メンバー5人が顔をそろえた。彼らも還暦を迎える年代になった。

2005年、沢田研二(63)、森本太郎(65)、岸部一徳(62)の3人がNHK『SONGS』に出演すると、瞳みのる(65)へのメッセージを込めて3人でつくった曲を披露した。瞳が京都に向かう前に一徳に伝えた「一緒に帰ろう」という言葉をもとにした、『Long Good-by』という曲だった。元メンバーの瞳は、ザ・タイガースの解散後、芸能界を去り、以来、約40年間、ザ・タイガースとの縁を絶ち切ってきた。

この歌のことは人づてに瞳の元に届き、彼の心を揺り動かした。そして2008年秋、大きな転機が訪れる。瞳が勤務する高校を、ザ・タイガース時代のマネジャー・中井国二さんが訪れたのだ。

「仲のいいグループを台無しにしてしまって、申し訳なかった」

中井さんはこう謝罪するとともに、沢田が瞳に会うために、瞳の行きつけの居酒屋に通っていることなどを伝えた。瞳のなかにあったわだかまりが、しだいに溶けていった。

2008年11月。渋谷の居酒屋で、沢田、森本、一徳と38年ぶりの再会。瞳の顔を見ると、森本は「会いたかった」といって、いきなり泣きだしたという。

2011年、沢田が中心になって、沢田が毎年行っているツアーに元のメンバーが参加することを企画。8月から、週5日、1日5時間にも及ぶ本格的な練習をスタートさせた。

コンサートの初日まで3週間に迫った8月中旬、瞳とメンバーの仲をとりもった元マネジャーの中井さんが病死した。ザ・タイガースの復活を置き土産にしたかのような最期。メンバーは悲しみに打ちひしがれながらも、「中井さんのためにも、ステージを成功させよう」とより結束を強めた。

森本、一徳、そして瞳がゲストとして参加した沢田のツアーは、全国38公演。沢田は「全員揃ってのタイガース」にこだわり、四郎にも最終日への参加を呼びかけた。一徳は弟の健康を気遣って最初は反対していたが、「四郎も目標を持つことで元気になる」と沢田に説得され、納得したという。

そして1月24日、冒頭のように、四郎もステージに上がり、ザ・タイガースは一夜限りの“復活”を遂げたのだった。森本は次のように語った。

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