スペインクラブ入団の薬丸隼人 最初はキーパーとして渡欧

NEWSポストセブン / 2012年2月9日 16時0分

 薬丸裕英(45才)と石川秀美(45才)の次男・隼人くん(18才)が、サッカー・スペイン2部リーグのサバデル・ユースに入団した。日本でほとんど実績のない選手が、いきなり海外へと渡り、ヨーロッパのクラブに入団すること自体異例なうえ、薬丸の子供ということもあって、大きな注目を集めている。そんな息子について、薬丸夫妻がその胸の内、さらには親子秘話を明かしてくれた──。

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 隼人くんは、3男2女の薬丸家の次男として、1993年4月に誕生した。長男の影響で本格的にサッカーを始めたのは小学4年生のとき。負けず嫌いな性格で、いつも長男に対してライバル心を抱き、兄がやることは何でも真似をしていたという。しかも、兄弟喧嘩になれば、兄を泣かしてしまうほどのヤンチャ坊主だった。

 そんな隼人くんに対して、薬丸はきょうだいのなかで誰よりも厳しく接したという。父に叱られて落ち込む彼にそっと手を差し伸べたのが母・秀美だった。

「絶対に一緒には怒らないということを夫婦のルールとしていました。どちらかが怒ったら、どちらかがフォローする。そうしないと子供の行き場がなくなってしまうので」(薬丸)

 中学に進むと、隼人くんはかつて日本代表・李忠成選手も在籍したJFL・横河武蔵野FC・ジュニアユースに所属してゴールキーパーとして活躍する。そんな隼人くんが海外に目を向けるようになったのは、中2のころだった。

「どうしてもヨーロッパのサッカーに触れてみたいといって、中2のときに体験留学したんです。このときに中学を卒業したら向こうに行くと本人の中では決めていたみたいですね」(薬丸)

 とはいえ、15、16才の子供をたったひとりで遠い異国に送り出すことに抵抗はなかったのか。母・秀美はこう笑う。

「全然なかったですね。日本でも海外でも、結局は自分の意志がないと成功なんてできっこない。本人が行きたいという気持ちが大きくて、チャレンジ精神旺盛だったので、“行っちゃえ?”って行かせちゃいました。たとえダメでもスペイン語や英語をマスターして帰ってくれば、そういう関係の仕事にも就けるし、なにより人とのつながりを学んできてくれたらいいなと思いましたね」

 念願叶い、ヨーロッパに渡った隼人くんだが、思わぬ壁が待ち受けていた。

「小4から中3まで6年間ずっとゴールキーパーだったんですけど、ヨーロッパでは身長180cm以上ないとキーパーではテストすら受けさせてくれなかった。どこに行っても“ダメだ、ダメだ”っていわれて。次男はぼくに似て、身長が伸びなかったもので…。それで悩んだあげく、フィールドプレーヤーに転身したんです」(薬丸)

 キーパーからミッドフィルダーにコンバート、さらにスペイン、イングランドのチームを転々としながら、わずか3年足らずでスペインの古豪クラブに入団してしまったのだから、その才能に期待せずにはいられない。

※女性セブン2012年2月23日号



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