麻布校長 卒業式で国旗掲げることない、強制されたら辞める

NEWSポストセブン / 2012年3月25日 16時0分

 有名私立御三家のひとつであり、自由な校風で知られる麻布中学・高校。ユニークな教育風土の中から、毎年、多くの東大合格者を輩出している。その麻布学園・氷上信廣校長の目には、大阪と東京で進む「教育改革」は、どう映っているのか。以下は、氷上校長のインタビューである。(聞き手=ノンフィクションライター・神田憲行)

 * * *

——東京都教育委員会の「職員会議における挙手採決の禁止」、大阪市における「国旗国歌の徹底」。大阪と東京で始まっている「教育改革」は関係者のみならず大きな話題になっています。私立には関係がないのでしょうか。

氷上:私立校は関係がありません。この間、私立校の校長会でちょうど話題になったんですが、僕が聞いた限り、卒業式で国旗を掲げているのは六校のうち一校だけでした。我々も掲げることはないでしようね。

——一般論として、行政が教育に介入することにどう思いますか。

氷上:公立は仕方ない部分もあって、だからこそ私立の意味がある。多元的価値は近代の大原則だから、教育の価値を担う者たちが自立的に決めるというのが、あるべき価値だと思うんですよ。

 行政には行政の価値があるでしょうから、それぞれの価値追求の中でやればいいわけで、行政が教育の価値に口を出すというのは、素人が玄人に口を出すことにつながらないのかなあ。

——職員会議の「挙手採決の禁止」というのは、どう思われますか。

氷上:なぜ禁止するのか理解に苦しむ。麻布では職員会議が意思決定の最高機関だから、決まるまで延々と議論を尽くしていくのが伝統です。五時間とか平気であるから(笑)。

——国旗・国歌の義務づけはいかがですか。

氷上:伝統の象徴として、あるのはわかる。サッカーワールドカップとかオリンピックとか、国旗を掲げて国歌を歌うのが国際儀礼なんだから。でも卒業式にそれがいるのかわからないね。

 日本人は愛郷心と国家意識を分ける必要がある。自分の小さな共同体、いわば「ふるさと」を大切に思う気持ちと、国家意識とは別。「ふるさと」は具体的な想い出だったり、いろんなものが詰まっている存在だけれど、近代国家は「システム」です。

 それがいつの間にか「故郷」を愛することが「国家」を愛することに同心円で一緒にされてしまった。この二つは峻別すべきなんです。国境を越えた資本主義、グローバリズムの中では、逆に「愛郷心」は大切にした方が良い。でないと逆に「ナショナリズム」に足をすくわれるから。

  • 前のページ
    • 1
    • 2
  • 次のページ
NEWSポストセブン

トピックスRSS

ランキング