なぜ日本人は英語を話せないのか
プレジデントオンライン / 2013年9月12日 8時45分
2002年にノーベル経済学賞を受けた、プリンストン大学名誉教授のダニエル・カーネマン氏の著作『ファスト&スロー』は大変興味深い。
主な論点は、脳の情報処理には速いものと遅いものがあり、これらの2つのプロセスのバランスが大切ということ。
脳の回路で言えば、速い回路の典型は、扁桃体など、情動に関わるもの。一方、大脳新皮質の情報処理は、時に論理的で緻密だが、ゆっくりとしか進まない。
例えば、林の中を歩いていて、足もとに細長いものがあったとする。扁桃体を中心とする情動の回路がまず反応し、私たちの体がすくむ。
続いて、大脳新皮質の回路が正確に働いて、その「細長いもの」が何であるかを見極める。そして、それが「蛇」だった場合には、回避行動を取る。一方、「枯れ枝」だった場合には、ほっと一息、そのまま歩き続けることになる。
ここで肝心なのは、大脳新皮質の遅いプロセスは正確だが、それでは間に合わない場合もあること。速いプロセスは不正確だが、万が一蛇だった場合、危険を逃れることができる。不正確だが速いプロセスと、正確だが遅いプロセスをうまく組み合わせることで、脳の機能を最大限に発揮することができるのである。
さて、以上の話は、日本人がなぜ英語を話せないか、どうすれば話せるかという問題に示唆を与える。
まず、母語の日本語を私たちがどのように話しているかをふり返ってみよう。文法的にどうだといちいち考えて1つひとつの表現を選んでいるわけではない。私たちの日本語を支えているのは、なんとはなしの「フィーリング」である。
例えば、「干す」と「乾かす」という言葉の使い分け。似ているようで、微妙に違う。晴れた日には布団を「干す」。一方、濡れた千円札をガラス窓に貼り付けて乾燥させる場合は「乾かす」かもしれない。
同じ布団でも、おねしょをしたのをそこだけ乾燥させるのはどちらかといえば「乾かす」かもしれない。このように、言葉の使い分けは、微妙なフィーリングに基づいている。時には、人や地域によって、結論が異なる場合もある。
英語も同じこと。ネーティブは、いちいち文法的にどうだからと考えて言葉を使っているのではない。なんとはなしのフィーリングで、表現を選択する。なぜそうなのかと問われて初めて、脳の遅い、しかし正確なプロセスが立ち上がる。フィーリングで選んだ表現の理由を説明しようとすると、苦労することも多い。
日本人が英会話を苦手とする理由の1つは、「考えすぎ」。TOEICなどのテストで、正解を出そうと理屈で考える訓練は受けているが、フィーリングで、迅速に言葉を選んでいく経験が足りない。
日常会話の現場では、いちいち考えていては間に合わない。文法的にこうだからと会話を組み立てていては、もどかしいし、テンポもおかしくなる。むしろ、必ずしも正確ではなくても、臨機応変に言葉を発していったほうがいい。
日本人が英会話を上達させる方法。それは、ずばり、「なんとなくこう」というフィーリングを鍛えること。「正しい」「正しくない」の文法知識よりも、「気持ちがいい」「語感がいい」というフィーリングこそを身につけよう。
そのためには、ひたすら英文に接するしかない。たくさんの絵を見なければ目利きになれないように、多くの英文に接しなければ、英語のフィーリングは鍛えられない。つまりは、地道に英語に向き合い続ける以外にないのである。
(脳科学者 茂木 健一郎 写真=PIXTA)
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