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本当の「ブラック企業」とは、どういう職場か

プレジデントオンライン / 2013年10月3日 9時45分

大卒3年目までの離職率は……

■「楽しい職場」でも過重労働なら倒れる

「メディアでウチの会社が叩かれているんですけど、ウソばかりなので怒っています。ご説明したいのですが」

今年6月、大学の教え子からこんなメッセージが届いた。この会社は週刊誌などで「ブラック企業」の代表格として報じられていた。彼女は新卒で入社したその企業での日々を心から楽しんでいるし、仕事を辛いと感じたことはないという。仄聞するかぎり労働環境には問題が多いようだが、人によって感じ方は違う。彼女からはまだ直接聞き取れてはいないが、「楽しい」と思って一生懸命働き続けた結果、倒れてしまわないかが心配だ。

いま「ブラック企業」が社会問題として注目を集めている。ひとつのきっかけとなったのは、労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」の今野晴貴代表の著書『ブラック企業』(文春新書)だろう。本書は10万部を超えるベストセラーとなった。今年9月には今野氏のほか弁護士や学者、労働組合らでつくる「ブラック企業被害対策連絡会(※1)」も発足した。私も人材コンサルタントとしてメンバーに入っている。

私は「ブラック企業」という新しい言葉には功罪があると考えている。

「功」は、若者の労働環境への関心が高まった点だ。コンプライアンスの世界では「セクハラ」「パワハラ」の2つを「セパ両リーグ」などと自虐的に呼ぶが、こうした新しい言葉が登場すると、嫌がらせに対する世間の目は厳しくなり、異議申立てもしやすくなる。

一方、「罪」は、冒頭で紹介した教え子のように、特定の企業や業種があいまいなイメージで叩かれてしまうところだ。就職活動中の学生たちは「あそこはブラックじゃないか?」という犯人探しに振り回されている。

こうした問題は日本の労働慣行の歪みともいえる。日本の雇用契約では入社してからどんな仕事をするのか、どんな部署で働くのか、などは分からないことが多い。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員は「空白の石版」と表現している。雇用契約それ自体は「空白」で、そのつど職務が書き込まれていくからだ。まるで「オセロ」のようなもので、白だと思っていたら、突然、黒になったりする。残念ながら黒から白に変わった例はあまり聞いたことがない。

問題はさまざまな形でこじれていて、「ブラック企業」という言葉はそれを助長した部分がある。そろそろ「ブラック企業」という言葉をいったんお休みしてはどうだろうか。問題の解決には、あいまいなイメージではなく、個別の指標で論じていく必要がある。具体的には、労働時間、早期離職率、メンタルヘルス問題の発生率などだ。

そんな私は「お前もブラック企業出身だろ」と言われることがよくある。それは私がリクルート(現在は持ち株会社制に移行)出身だからだ。私は97年に入社し、2005年まで在籍した。私が入社した頃のリクルートは、周りからはまったく尊敬されない企業だった。贈収賄事件を起こしたうえ、経営の多角化の失敗で1兆円もの借金があった。創業事業の情報誌はインターネットの普及で淘汰されるという見方もあった。札幌の親戚からは「最近、ジョアやミルミルは売れているのか?」とヤクルトと間違われる始末だ。

仕事は噂以上に忙しかった。入社直後にはさっそく「飛び込み営業」をさせられ、ホテルで合宿をしながら互いの長所短所を指摘しあうという研修もあった。徹底した実力主義で、競争を求められるため、毎日8時半に出勤し、終電を過ぎるまで、休みを問わず働いた。給料は良く、残業代を含めれば20代でも年収は1000万円近かった。上司は厳しかったが、実に丁寧に仕事を教えてくれた。離職率は高く、入社後3年間で4割はやめていたと思うが、多くは前向きな独立だった。

■「リクルートごっこ」はベンチャーの甘え

リクルートはきつい労働環境の会社だったが、待遇はよかったし、次につながる経験をすることができた。自分自身を含めハードワークで体調を崩す人間もいたが、企業に潰されると思ったことはなかった。

OBには、「アレオレ詐欺(あれ、オレがやったんだぜと実績を誇張すること)」といって当時の実績を盛って話す人も多い。離職率の高さから、「人材“排出”企業」と揶揄する声も聞かれる。それでも私自身、リクルート出身であることで得したことのほうが多いと思う。

リクルートの原点とは、自分たちよりも優秀な人材の採用に魂をかけることにある。人間の可能性にかけ、そのためによい待遇を用意する。今年、創業者の江副浩正氏が亡くなった。故人を偲ぶ会で紹介されたエピソードや配られた冊子をみて、そうした原点を確認させられた。私はリクルートはブラック企業ではないと思う。

労働環境の「きつさ」は、人によって感じ方も違う。それだけではなく、法令遵守の姿勢があるかどうか、本人の成長を考えているか、労働に見合う対価があるか、次につながるか、自分たちよりも優秀な人材を採用し、活躍してもらおうとしているか――。これらが判断の大きなポイントだ。

OBの企業も含め、リクルートの方法論を中途半端に真似した企業をよく見聞きする。こうした企業は本人に「夢」を語らせる一方で、待遇は悪く、本人の成長は自己責任に押しつけられている。私は「やりがい搾取型」の企業と呼んでいる。

なぜこうした「リクルートごっこ」が横行するのだろうか。それは我が国の経営者たち、特にベンチャー経営者たちに戦略がなく、マネジメントが幼稚だからだ。ブラック企業について今野晴貴氏は著書で「人を食いつぶす企業」としていた。戦略がないからこそ、「人を食いつぶす」ことで、事業を成り立たせようと画策している。

一般的なイメージと異なり、ブラック企業のなかには職場の雰囲気が明るい企業もある。これは「働くことは楽しいことだ」と刷り込むことで、狂信的な宗教組織のように過重労働を競い合わせるからだ。一方で、軍隊のように徹底的な上意下達で縛る企業もある。

「働くことは義務だ」と教え込み、理不尽な目標達成を迫る。雰囲気は重苦しいが、厳しく叱咤されるため、転職や退職を言い出すこともできない。

宗教か、軍隊かというメタファーは根深い問題である。組織の歴史においては企業よりも宗教、軍隊の方が古く、そこに行き着いてしまうからだ。

こうした企業では長時間労働が常態化しているだけでなく、過度のプレッシャーからメンタルヘルスにも悪影響を及ぼす。職場の雰囲気が明るかろうが、暗かろうが、構造的に負荷のかかる職場環境では、社員は長続きしない。このため派手な採用活動を繰り広げることになる。一見、採用に力を入れているようにみえるため、リクルートの方法論かと勘違いされやすい。

また決定的な問題は待遇の悪さだ。長時間労働の問題は成熟した大企業にも存在し、「過労死(※2)」といった形で表れているが、ブラック企業という指摘が切実に受け取られないのは、結局、給料がいいからだろう。一部のブラック企業は成果報酬型の給与体系を打ち出しているが、十分な成果を残せる社員はわずかに過ぎない。それは突き詰めれば、人材を安く買い叩きたいという思想でしかない。

国際競争が激化するなか、ブラック企業の存在は仕方がない。いまどきの若者は厳しい環境で鍛えたほうがいい。経営の歪んだ企業はそのうち淘汰される――。そんな議論も聞かれる。しかし問題は深刻だ。ブラック企業をテーマにしたセミナーは毎回盛況だ。なかには子どもを過労死で亡くしたという親御さんもいた。声は悲痛である。

人材とは言ってみれば企業にとっては資源にすぎない。それは感情を持つ資源である。さらに労働者は生活者でもある。生活者をないがしろにする企業が、永続的に発展するとは考えられないが、市場の健全性を保つためには退出は早いほうがいいだろう。若者が食いつぶされることにより社会的負担を増やしてはいけない。我が国の経営者たちは、不可解な事件の汚名を着せられた戦後屈指の名経営者・江副浩正の本心に今こそ学ぶがよい。

※1:連絡会の呼びかけ人は今野晴貴さん。7月に結成された「ブラック企業被害対策弁護団」、貧困問題に取り組むNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」「ほっとプラス」、労働組合、東京大学大学院の本田由紀教授などが参加する。
※2:厚生労働省「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」(平成24年度)によると、「過労死」など過重な仕事が原因で発症した脳・心臓疾患の労災認定件数は338件で2年連続の増加、仕事による強いストレスなどが原因で発病した精神障害の労災認定件数は475件と過去最多だった。

(千葉商科大学専任講師 常見 陽平)

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