スティーブ・ジョブズのシンプル思考と禅の思想【2】
プレジデントオンライン / 2013年10月5日 12時45分
死は生命にとって最高の発明――。こんな至言を遺した男の思想には、日本由来の「禅」が深く関わっていた。
■死去前のスピーチと道元禅師との共通項
ジョブズは76年のアップル設立の直後、会社をやめて日本の禅寺に入ることを、曹洞宗の僧侶である乙川弘文(おとがわこうぶん)老師に相談している。それに対し師は「事業も座禅をすることも同じだということがやがてわかるだろうから、事業をつづけたほうがよいと勧めた」という(マイケル・モーリッツ『スティーブ・ジョブズの王国』プレジデント社)。もしここで師が止めていなければ、のちのイノベーターとしてのジョブズは存在しなかったはずだ。
ビジネスの世界にとどまった彼は次々と画期的な製品を世に送り出したが、それらには禅の影響も見てとれる。もっとも顕著な例は、iPhoneのデザインだろう。それまでの携帯電話には英数字のキーボードがつきものだった。ジョブズは複数個所を同時に触ることができる静電式タッチパネルを採用し、ほとんどの操作を1枚のガラス板の上でできるようにした。iPhoneの登場で携帯電話のデザインは一変した。このように極端なまでに徹底的に無駄を省いたアップルの製品群は、シンプルで美しい。公私にわたり「集中とシンプルさ」を信条としたジョブズの真骨頂だといえる。
道元もまた、ただ坐禅をするだけでいいというきわめてシンプルな教えを説いている。これを「只管打坐(しかんたざ)」という。何のために坐禅という修行をするのか。道元は、悟りを得る手段としての修行を否定した。そうではなく、修行のなかに悟りを見、悟りのなかに修行がなければならない。道元はこれを「修証一等(しゅしょういっとう)」と表現し、修行と悟り(証)はひとつであるとした。つまり坐禅とは、修証一等の実践なのである。
禅は宗派によって、坐禅だけではなく、念仏を唱えたり、問答を行ったりもする。だが道元は坐禅にすべてを集約した。道元の禅を学んだジョブズが「集中とシンプルさ」を信条としたのは当然だろう。
道元の代表的著書である『正法眼蔵』(岩波文庫など)の第1巻は「現成公案(げんじょうこうあん)」と題されている。現成とは「いま目の前に現れ、成っている存在」という意味だ。道元によれば、その現前する存在のすべてが悟りの実相だという(ひろさちや『すらすら読める正法眼蔵』講談社)。
「現成公案」には次のような話が出てくる。薪たきぎは燃えて灰になるが、だからといって灰は後(のち)、薪は先と見てはいけない。前後があるとはいえ、その前後は断ち切れており、あるのは現在ばかりだ。人の生死も同じで、生が死になるのではない。生も死も一時のあり方にすぎないのだ、と。こうした道元の教えを踏まえれば、病気になっても、早く治ってほしいと願ううちはまだ迷いがあるということになる。そうではなく、病気を現成としてそのまま受け取り、しっかり生きればよいと考えられるようになるのが悟りなのだ。
ここにはジョブズの死生観に通じるところがある。彼は2005年、スタンフォード大学の卒業式でのスピーチで、前年に膵臓がんの手術を受けた経験を語った。このときの「死は生命にとって唯一にして最高の発明」「あなた方の時間は限られている。誰かほかの人の人生を生きて無駄にしてはいけない」といった言葉からは、自分の生を、そして死をそのまま受け取ろうという姿勢がうかがえる。
■黒いタートルは僧侶の作務衣だった
ここまでジョブズの仕事や生き方における禅の影響を見てきた。だが、彼の禅への接し方はいわゆる信仰とはちょっと違うように思う。伝記『スティーブ・ジョブズI』によれば、「一般的な教義より精神的体験を重視すべきだ」というのが彼の宗教観であったという。彼はまた「キリストのように生きるとかキリストのように世界を見るとかではなく、信仰心ばかりを重視するようになると大事なことが失われてしまう」とも語っている。
曹洞宗の禅僧である南直哉(みなみじきさい)師の見方も興味深い。ジョブズは「禅の教えを自分の中でアレンジし、自分の生き方に資するよう咀嚼、吸収したと思う。必要なものだけを取り込み、必要じゃないものは取り込まなかった。彼は本質的には知野さん(乙川師――引用者注)の信者でも道元禅師の信者でもない。彼独自の生き方があった」というのだ(『スティーブ・ジョブズ100人の証言』朝日新聞出版)。
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/b/250/img_4b9f97f0421b1cb506dd14837777854d71277.jpg)
アップルが史上最大企業になるまで
また駒澤大学学長の石井清純氏は、ジョブズのトレードマークである黒いタートルネックのシャツと曹洞宗の大本山である永平寺の黒い作務衣とを結びつけている。作務衣とは本来、僧侶たちが作務(掃除などの作業)を行うときに着るものだ。石井氏はジョブズの黒いタートルは、自身の「行動」を禅の実践の一部として担保するものだったと見る。「その『黒衣』をもって、新たなパフォーマンスを発揮する製品を開発すること、それが彼なりの禅的自己実践だったように思えてなりません」(『禅と林檎』宮帯出版社)。
こうして見ていくと、彼は禅をベースにさらに自分なりの解釈と実践を積み重ねることにより、新たな宗教をつくってしまったのではないかとすら思えてくる。数々の製品はいわば彼の経典だ。ジョブズ亡きいま、わたしたちはそこから何を読み取り、つけ加えることができるだろうか。
(ライター 近藤 正高 時事通信フォト=写真(ジョブズ))
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
「さすがワークマン」 6年前から“商品化”希望の声→発売された待望のアイテムに「ちょっと感動」
ねとらぼ / 2024年7月14日 7時30分
-
ワークマン、初の作務衣を発売「売れ行きとても好調」 顧客から多数の要望→祭り商品のノウハウ生かし商品化
まいどなニュース / 2024年7月6日 15時0分
-
【ベストセラー著者の最新刊】禅僧であり世界的庭園デザイナーの著者が贈る「ぎすぎすしない生き方」46のヒント。新刊『迷ったら、ゆずってみるとうまくいく』本日発売!
PR TIMES / 2024年6月29日 12時40分
-
スティーブ・ジョブズ着用のスーツがオークションに 初代Macのアレです
ASCII.jp / 2024年6月27日 12時45分
-
「“わからない”を小説で問う」木下昌輝×朝井まかて『愚道一休』
集英社オンライン / 2024年6月20日 11時0分
ランキング
-
1実は「ポイ捨て」しまくっていたキャベツの栄養 科学で解明「芯はおいしくない」と思うなかれ
東洋経済オンライン / 2024年7月15日 15時0分
-
2「子どもは無料」で簡単につられる大人たちの盲点 企業側の仕掛けには「わかったうえで」乗りたい
東洋経済オンライン / 2024年7月16日 9時0分
-
3カップみそに入ってる「白い紙」は捨てる?捨てない? 気になるギモンをメーカーが解説!…正解は?
まいどなニュース / 2024年7月16日 14時35分
-
4「これは奇跡...」破格の1人前"550円"寿司ランチ。もうこれ毎日通いたい美味しさ...。《編集部レポ》
東京バーゲンマニア / 2024年7月16日 7時2分
-
5“新しい働き方”として定着すると思いきや…コロナ禍を経た今になって、強硬な「リモートワーク廃止論」を示す企業が現れた理由
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年7月16日 7時15分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/point-loading.png)
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)