日本HPはなぜ工場を中国から日本に移したか
プレジデントオンライン / 2013年10月1日 10時45分
■人件費だけなら中国は安くつく
2011年8月、日本ヒューレット・パッカード(以下、日本HPと略)は、東京の昭島工場でノートパソコンの生産を開始した。足かけ6年にわたってHP本社と折衝を重ねた末、中国工場からノートパソコンの生産を奪還したのである。
円高が進行すると、国内生産を諦めて生産拠点を海外に移転する、というのが一般的なセオリーだろう。そういう意味で、日本HPがこの超円高のタイミングで国内生産を開始したことは、世の中の流れとは違った、異例のアクションと言うべきかもしれない。
しかし、この国内生産開始にはひとつの前例がある。ご承知のように、日本HPは02年にコンパックと合併しているが、コンパックは1999年から日本国内でデスクトップ・パソコンを生産していたのである。
この生産開始の際も、本社の承認を得るために3年もの歳月を要した。なにしろ99年当時の中国人の人件費は、現在よりもはるかに安かった。人件費だけを見れば、明らかに中国でつくったほうが安くつく。だが、人件費はコストの一部にすぎないのだ。本社との折衝の中で私が強調したのは、「リードタイム」と「コスト」の関係であった。
中国で生産した場合、最短でも2週間のリードタイムが必要だ。つまり、代理店が客から注文を受けて納品するまでに2週間かかるわけだが、そうなると「今月中にほしい」という注文を受けつけられるのは、月の半ばまでに限られることになる。月の後半に入った注文は断らざるをえないのだ。半月もの機会損失は、代理店にとってあまりにも痛い。
そこで仕方なく、代理店は在庫を持つことになる。納期2週間の中国製の場合、約1カ月分の在庫を持たなければ商売が成り立たない。
その結果、代理店にはふたつのコストが降りかかることになってしまう。
そのひとつが倉庫費用であることは言うまでもないが、もうひとつは、コンピュータの世界に特有のコストだ。この世界は製品の陳腐化が異様に速いため、同じ機能を搭載した製品の値段がどんどん下がっていく。したがって、代理店はより新しい製品を仕入れたほうが仕入れコストを低く抑えることができる。逆に言えば、在庫を抱えるリスクが他の商品に比べてきわめて大きいのだ。製品の陳腐化が速いマーケットでは、納期の長さがコスト増大に直結してしまうわけだ。
では、日本の工場で生産するとどうなるか。2週間かかっていた納期を5営業日に短縮することができる。すると代理店は「今月中」の注文を25日まで受注できるようになる。それが代理店の売り上げアップと、在庫リスクの低減に大きく貢献することはもうおわかりだろう。
■シェア2~3%から20%まで急成長
こうして、日本HP単体ではなく代理店も含めた「総がかりのコスト」を考えてみると、人件費の安い中国でつくるよりも、人件費の高い日本で生産してリードタイムを短縮したほうが結果的にコストを圧縮できるのだ。少なくとも弊社の法人向けデスクトップ・パソコンの場合、国外生産品しかなかった時代に2~3%しかなかったシェアが、国内生産に切り替えてから急伸し、一時はトップシェア(20%)を取るまでに成長したのである。デスクトップで実証済みの「総がかりコストの圧縮効果」は、当然、ノートパソコンにも期待できるはずである。
円高が続いているが、パソコンのように多品種少量生産が主流の耐久消費財の中には日本で生産したほうがいいものがたくさんあることを、忘れないでほしい。
(日本ヒューレット・パッカード 副社長 岡 隆史 構成=山田清機)
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