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中途半端な「グローバル人材」はいらない

プレジデントオンライン / 2014年1月20日 9時45分

写真=Getty Images

昨今、日本では「グローバル人材」という言葉がやたらと注目されています。しかし、この言葉はなかなかの曲者だと私は考えています。何より「グローバル」の定義がはっきりしません。日本語だと「世界的」「世界中」ということなのでしょうが、そもそも「世界中どこでも活躍できる人材」なんてなれるものなのでしょうか。

その問いに対して興味深い示唆を与えてくれる研究があります。それは米インディアナ大学の高名な国際経営学の研究者であるアラン・ラグマン教授が2004年に発表したもので、世界の大企業における「グローバル企業」の割合を調べるという内容でした。

彼はまず「グローバル企業」を「世界中から満遍なく売り上げる企業」と定義しました。この定義のもと、世界のトップ企業をリスト化した「フォーチュン500」の中から売り上げデータがわかる365社を対象とし、その本拠地別に北米企業、欧州企業、アジア企業に分けたうえで、自地域からの売り上げが5割以下、他の2地域からそれぞれ2割強の売り上げを確保している企業を、「グローバル企業」と位置づけました。

そしてこの定義で分析してみると、晴れて「グローバル企業」といえるのは、先の対象企業365社のうちたった9社しかないという結果となったのです。

ラグマンは08年に今度は日本企業に特化した同じ趣旨の調査を行い、やはり似たような結果を得ました。当時、日本でフォーチュン500に入った64社のうち、「グローバル企業」の範疇に入るのはソニー、キヤノン、マツダの3社しかなかったのです。マツダは国内の売り上げがさほど大きくないことが結果に影響しているとも考えられ、他の2社とは意味合いが異なるかもしれません。いずれにせよ、世界中から満遍なく売り上げている日本の大企業が3社しかない、そこにはトヨタも本田も入っていないという事実は多くのみなさんが意外に思うはずです。

■世界はフラット化していない

なぜ「グローバル企業」は生まれにくいのでしょうか。その問いに対する仮説としてラグマンが重視したのはファーム・スペシフィック・アセット(Firm Specific Asset。以下、FSA)、つまり、「企業固有の強み」という概念です。ラグマンは、彼の分析結果をもって、企業のFSAは本質的に限られた「地域」でしか通用しないのではないか、と主張します。たとえば日本企業のFSAはアジア地域だけ、フランス企業のFSAは欧州だけでしか有効ではないのではないか、と考えました。

さらにこの考えを補完するのが、元ハーバード大学ビジネススクール経営戦略部門ディレクター(現スペインIESE教授)のパンカジュ・ゲマワット教授が、03年に発表した論文です。この論文でゲマワットは、世界の貿易・直接投資などの各種経済データを精査したうえで、「そもそもこの世は十分グローバル化したとはいえない」と主張しました。なぜなら、世界中の国と国の間には、文化的、制度的、地理的、経済的な次元で、依然大きな違いがあるからです。これらの違いはIT革命などで簡単に埋まるものではありません。一時は「世界はフラット化している」というジャーナリスティックな言説も流行りましたが、研究者の厳密な分析からは、逆の意見が出ているのです。

このように国と国の差はまだ大きく、世界は厳密な意味でグローバル化していません。ですから、世界中で満遍なく効力を発揮するFSAを持つ「グローバル企業」もまた少なくて当然、ということなのです。

そしてこの話は「グローバル人材」でも同じなのではないか、と私は考えています。少なくとも「グローバル」という言葉を「世界中」と定義するなら、個人の強みの大部分は一定の国や地域でしか通用しない、と考えるべきなのかもしれません。

■言語の壁を超える「対人交渉力」

しかしビジネスには、世界中で共通する「普遍的な側面」もあります。「普遍的な側面」の何か1つについて強みを持っている人は、ある意味「グローバル人材」に近いといえるかもしれません。そうであれば、(逆説的ですが)そのような強みは日本国内でも培える、ということになります。

たとえば10年近く前になりますが、私はアメリカで、ある日本の大手メーカーからMBAに派遣されてきた人と知り合いになりました。その人にとっては、生まれて初めての渡米体験でした。

アメリカは車社会ですから、何よりも先に車を手に入れる必要があります。しかしアメリカのディーラーは高い価格をふっかけてくることもよくあるので、交渉は油断なりません。そこで私は英語が苦手な彼がディーラーに行くのに付き添うことになりました。いざ現場に行くと、英語はそこそこしゃべれても「交渉下手」な私はまごつくだけ。ところが、驚いたことに、彼は片言の英語を使ってディーラーの社員と自ら交渉をはじめたばかりか、粘りに粘って結局は格安の値段で車を手に入れることに成功しました。現地人でさえ難しい交渉事を、アメリカに来て2日目の人が成し遂げたのです。

その人は派遣元の日本企業では国内営業が長かったそうです。おそらくその過程で、「有利な条件を引き出せる優れた交渉能力」を身につけたのでしょう。彼の能力は、おそらく中東諸国でもアフリカでも、言葉や文化の壁を乗り越えて通用するはずです。私はこのとき、「対人交渉力」という世界どこでも重要な能力を持つ彼のような人こそ、まさに「グローバル人材」だと思いました。

■引く手あまたの地域専門家という道

逆に、ある特定の国や地域に詳しいスペシャリストを目指すのも1つの方向性でしょう。今の日本企業でいえば、ベトナムやミャンマー、インドといった新興国の事情を知り尽くしている人材です。また、欧州は日本企業の営業が苦戦しがちな地域ですから、そのうちどれか1カ国と太いパイプを持ち、文化や社会事情、ビジネス慣習までよく理解している人材は、おそらく引く手あまたでしょう。

そうした人材の育成に力を入れているのがサムスンです。同社には「地域専門家制度」があります。この制度は、業績優秀な若手を選抜して1年間海外へ派遣し、徹底的に現地に溶け込ませ、その国の人間になりきらせることを目的としています。対象国はアジア、欧米から中東、アフリカと世界各国に広がっています。サムスンでいう地域専門家のような人材を育てることも、日本企業が目指すべき1つの方向性といえるでしょう。

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世界で通用するのはどんな人材?

このように考えると、世間で流布している「グローバル人材」像というのは定義がはっきりせず、他方でその定義を深く考えていくと、これからのビジネスで真に望まれる人材は2つの方向性に絞られるのではないでしょうか。

第1に、「対人交渉力」のように世界中で普遍的に有用な強みの何か1つを身につけている人材です。大事なことは、この力は国内のビジネス経験でも十分に培うことができるのであり、敢えて海外で修業する必要はない、ということです。第2に、そうでなければある国・地域に徹底的に詳しいスペシャリストになることです。いずれにせよ、「中途半端なグローバル人材化」が1番役にたたない、といえるのかもしれません。

(早稲田大学ビジネススクール准教授 入山 章栄 構成=荻野進介 写真=Getty Images)

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