『アナと雪の女王』大ヒット、ディズニー制作現場の裏側
プレジデントオンライン / 2014年5月1日 8時45分
■アニメーション興行収入第1位を記録
公開中のディズニー映画『アナと雪の女王』が大ヒットを記録している。全世界では『トイ・ストーリー3』を抜いて歴代アニメーション興行収入第1位を記録するなど、社会現象を巻き起こしている。日本では、公開5週目にして興行収入90億円を突破し、躍進が続いている。
この大ヒットの立役者がディズニー・アニメーション・スタジオのエグゼクティブ・バイス・プレジデントを務めるアンドリュー・ミルスタイン氏だ。
彼は同社の組織体制を従来のトップダウン方式から、徹底した現場主義体制へ大改革し、近年のディズニー・アニメーション快進撃の礎をつくり上げたキーパーソンでもある。ミルスタイン氏によると、ヒットを生み出すチームを築きあげるまでには、3つのポイントがあったという。
はじめにこの物語を紹介しておきましょう。この作品はアンデルセンの『雪の女王』を下敷きとした物語で、現代的に色付けされて生まれ変わりました。創業者ウォルト・ディズニー本人も映画化を切望していた作品です。
主人公は北欧のとある王国の姉妹エルサとアナの2人です。姉のエルサには触れるものすべてを凍らせてしまう力が備わり、幼い頃はその力を使い妹アナのために雪だるまを作って楽しく遊んでいたのですが、ある時期からこの力を制御することができなくなり、引きこもるようになります。事情を知らない妹のアナはどうして姉が心を閉ざしてしまったのか、困惑しながら成長していきます。
その後エルサは王国を引き継ぎ、戴冠式に新女王として姿を現しますが、ある事件をきっかけに再び力を抑えられなくなり、国全体を永遠の冬に閉じ込めてしまい、そのまま山の中に逃げ込んでしまいます。アナはそんな姉を追いかけるわけですが、2人は和解し、氷に閉ざされた王国を救うことができるのか……という物語です。
注目していただきたいのが歌です。クリステン・ベル、ジョシュ・ギャッド、サンティノ・フォンタナなど数多くのブロードウェーの実力派の歌手を揃え、イディナ・メンゼルはアカデミー賞も受賞しました。そしてこの映画には日本語吹き替え版もあります。日本語の歌も素晴らしい。ぜひ、英語版と日本語版の両方で堪能していただきたいですね。
■女性社員による「リサーチ・グループ」とは
さっそく1つ目のポイントをご紹介しましょう。なぜこの物語は世界的に受け入れられているのか?
物語の軸となるのは「姉妹」です。私たちはこの物語に真実味を持たせるために調査団(リサーチ・グループ)をつくり上げました。といっても、皆さんが思い浮かべるような堅苦しいものではありません。
ディズニー社には、数百人単位の女性社員がいて、その多くには姉妹がいる。姉妹というのは、別に年齢も関係なければ人種も社会的背景も関係ない。どこにでもある人間関係です。そこでジェン(ジェニファー・リー監督)とクリス(クリス・バック監督)が作品をつくり上げるうえで、姉妹を持つ女性社員たちから様々な経験を聞き出し、姉妹の間に存在する相剋、冷たさ、喪失、和解、そういった諸々の感情を物語に反映していったのです。
この話を日本ですると、時々「年齢の壁をどう取り払うのか?」と聞かれます。正直、年齢の問題など考えたことすらありませんでした。大学新卒の人にも、勤続30年の人にも姉妹がいるのが普通で、どちらも物語にとって貴重な存在です。会議室で堅苦しく話すようなものではなく、ちょっとした立ち話からヒントを取り出していくわけです。
私自身がそういった境地に至ることができたのは、学生時代の経験が大きかったと思います。大学では人類学を、そして修士では映画学を専攻しました。もし私が大学からもう一度人生をやり直すとすれば、全く同じ道を選びます。
人類学を通じ、私は異なるタイプの人々の感情やライフスタイルに配慮し、感情移入することを学びました。そして、人類学の研究においては、様々な事象や人々に対して好奇心を持つことが大切です。好奇心を持つからこそ相手に質問を投げかけるわけですし、相手の立場を尊重することができる。異なる集団・文化・社会では異なる考え方があり、決してものの見方が一つではない。この点が、現在ディズニーの仕事で大きく役立っていることは間違いありません。
そして映画学を通じ、私は映画制作の複雑な仕組みを学びました。1本の作品をつくり上げるうえで、どのようにビジュアルで物語を表現して、そこにどのようなツールがあり、テクノロジーが活用されるか。こういったことを実地で作品をつくり、肌で実感するわけです。
だからこそ、私のように経営側にいても制作側の苦労がわかるという強みがあるのではないでしょうか。
■合併相手をトップに就任させた理由
わがディズニーはどのようにしてこのようなフラットな組織へと改革できたのか、2つ目のポイントをお話ししていきましょう。
8年前に、私たちはピクサーと合併し、ピクサー側のジョン・ラセターがチーフ・クリエーティブ・オフィサー、エド・キャットマルがスタジオ社長に就任しました。この点だけを見ても、ディズニーとピクサーの間にライバル関係がない、そして本質的にディズニーに謙虚な体質があることがおわかりいただけるでしょう。かつてはディズニー伝統の「ゴング・ショー」なるものがあり、誰かがアイデアを提案するとそれに「イエス」か「ノー」かだけで答え、それでおしまいでした。組織改編後は、「ストーリー・トラスト」で約20人の監督・脚本家・ストーリーのヘッドなどが意見を交わしあい、手直しをするようになりました。そんな様々な角度からの意見を集約することにより、作品の完成度がさらに高められるようになったのです。その積み重ねで実績が出るようになり、誰もトップダウンシステムに戻ろうという意識すらなくなっていきました。
もちろん、ディズニーには約800人の人間がいるわけで、単に経営サイドと制作サイドだけでなく、あらゆる次元で衝突が発生します。大切なことは、衝突そのものが当たり前だと受け入れること、そのうえであらゆる方面の意見に耳を傾けるということです。それぞれの意見には何がしかの聞く価値があるはずですから、すべての人・意見を尊重して集団の決定に反映することにより素晴らしい作品・結果が生まれていくのです。
では、新しいアイデアを生み出すためにどのような習慣があるのか。これを3つ目のポイントにあげましょう。
私が常々心がけているのは、できるだけ違う考え方を受け入れること、そしてきちんと休養をとることです。きちんと休みをとることにより、さらにエネルギーもわき、きちんと運動をして人生全体のバランスを保つことで新しい価値観を受け入れ、創造力が高まるように思います。そして1日で特に重要なのが早朝です。物静かな時間に考えることで思考が広がるようになるのです。
■なぜ失敗の経験が重要なのか
創造性(クリエーティビティ)を養ううえで重要になるのが失敗や挫折の経験です。当たり前ですが、映画業界で私は数多くの失敗をしました。そこで学んだことは、個人の失敗を個人の責任にしてはならないということです。多くの場合、1人の失敗は何か全体の構造に問題があるから、もっと大きな問題を示唆していることが多いのです。ですから、失敗が発生したときには、その事象の根底にあるものを解析し、大きな問題の本質を見抜くことです。そして、組織全体が失敗した個人に対して支援を行う体制をつくることが大切なのです。
ディズニーのような会社で最も避けるべきは、マンネリですね。そのために、まず組織全体として個々にイノべーションとリスクを認めることです。リスクが発生する以上、失敗するのは当たり前で、だからこそ組織全体に失敗してもOKだと周知徹底することが重要です。もし社員が失敗してもOKという経営陣の言葉を信じなければ、誰もリスクを冒すことがなくなります。これこそ、私たちにとって一番避けなければならない事態です。
忘れていただきたくないのは、『アナと雪の女王』を含め私たちが1本の作品をつくり上げるうえで平均4年の時間をかけているということです。その中で予算の問題も発生しますし、制作サイドと経営サイドの衝突も発生する。この作品も無数の失敗がありました。
ぜひ日本の皆様にはそんな背景にも思いを致しながら、映画館で休養の場として楽しんでいただければ、新たなインスピレーションを提供できるものと確信しています。
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ディズニー・アニメーション・スタジオ エグゼクティブ・バイス・プレジデント
南カリフォルニア大学 映画学・人類学キャンディデイト・マスター号取得。ディズニー・アニメーション・スタジオおよびディズニー・トゥーン・スタジオの海外拠点におけるビジネス運用とプロダクションを統括する。
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(ディズニー・アニメーション・スタジオ エグゼクティブ・バイス・プレジデント Andrew Millstein インタビュー・構成=タカ大丸 撮影=尾関裕士 図版作成=平良 徹)
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