「すきやばし次郎」に見た一流に至る道筋
プレジデントオンライン / 2014年7月2日 9時15分
先に、オバマ大統領が来日されたとき、安倍晋三首相との夕食会が、銀座の寿司の名店、「すきやばし次郎」で行われた。伝えられるところによると、米国側のたっての希望だったという。
「すきやばし次郎」を仕切っていらっしゃるのは、小野二郎さん。現在88歳の、世界最高齢の「ミシュラン三つ星シェフ」である。
小野二郎さんには、NHKの番組『プロフェッショナル仕事の流儀』で、私がキャスターをつとめていた頃に親しくお話をうかがったことがある。その人生の物語は、感動的であった。
小学校に上がった頃から、奉公に出て、一生懸命働いた。店の仕事が忙しくて疲れてしまい、学校の授業でつい居眠りをしてしまう。先生にしかられて、立たされている間に、「そうだ、あの仕事をやってしまおう」と店まで走って、仕事を終わらせて戻ってくるという日々だったという。
幼い頃から、苦労された。独立するにあたって寿司を選んだのは、必要最小限の用意ならば、開業するのに一番お金がかからないからという理由だったそうだ。
それが今や、ミシュランの三つ星。アメリカのドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』の主人公となり、オバマ大統領が来日の際に訪問を熱望する名店となった。そこまでの小野二郎さんの軌跡を振り返ると、「一流」に至る道筋が見えてくる。
スタートラインは控えめで、簡素でかまわない。小野二郎さんの修業の始まりも、苦労の連続だった。
今、勤務する会社の中で、あるいは自分でつくった会社の運営で、苦労している若者はたくさんいるだろう。そのような状態と、若き日の小野二郎さんの境遇が、それほど異なるわけではない。
しかし、ここからが肝心なのだが、小野二郎さんは、肝心の「寿司」の味については、徹底的に追究した。まだ先があるに違いないと研究した。その、余人の追随を許さない探究心が、小野二郎さんを世界一の寿司職人にした。
たとえば、マグロ。世間では見栄えのいい、いかにも新鮮、というものが好まれるけれども、本当に美味しいマグロは、もっと渋く、奥行きがあるものだという。
アナゴをいかに、舌の上でとろけるようにふっくらと炊くか。白身はどれくらい熟成させるか。素人には想像できないほどの創意工夫と探究の結果、「すきやばし次郎」の寿司ができあがった。
そんな小野二郎さんの生き方には、心からの尊敬の念を抱く。人生の道というものはどこから入っても無限の奥行きがあるものだと感じる。
日本人にとってうれしいのは、「すきやばし次郎」が世界に認められた、その経緯だろう。カウンターを中心とした店が、ミシュランの三つ星に認定されたというのは、1つの画期的ニュースだった。
オバマ大統領と安倍晋三首相の会食の舞台となったときも、「店の外に共用のトイレ」という店の設いに注目する報道があった。
寿司は江戸時代においては、屋台で供されたいわば「ファストフード」。大げさで豪華な店内の装飾など、探究に必要はない。そのような簡素なアプローチが世界に認められたことは、1つの「啓示」ではなかったか。
グローバル化と言っても、やたらとあたふたする必要はない。自分に与えられた課題を、誠実に、しかし止むことなく探究し続ければよい。毎日カウンターに立って寿司を握り続けてきた小野二郎さんは、偉大なる模範である。
(脳科学者 茂木 健一郎 写真=時事通信フォト)
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