ぐっちー氏「なぜ日経新聞を信じてはいけないか?」
プレジデントオンライン / 2014年7月10日 14時15分
ウォールストリートからアジア各国、そして日本の地方まで、金融と経済の現場を渡り歩いた「ぐっちー」こと山口正洋氏がナマの日本経済を語りつくす。
アベノミクスのおかげで円安、株高になって日本経済復活の道筋が見えてきた、なんてジャーナリズムははしゃいでいますけれど、これ本当なんでしょうかね。
実は、各種の統計数字を調べてみると、景況感が上向いてきたのは12年9~10月なのです。安倍内閣の発足は12月26日だから、要するに、アベノミクスが打ち出されるよりも前から景気は上向いていたということです。
原因は何かといえば、民主党政権の終わりが見えたということです。経済オンチの民主党政権がようやく終わってくれるという安心感から、株価が反転したのです。つまり、安倍さんじゃなくても、民主党でない人が首相になれば株価は上がったわけで、そういう意味において、安倍さんはラッキーな首相だと言えます。
では、アベノミクスの中身はどうかと言えば、金融緩和、財政投資、規制緩和を軸にした成長戦略がいわゆる「三本の矢」と呼ばれていますが、これは言うまでもなく、野党時代の自民党がさんざん主張し続けてきたメニューばかり。ですから、これらの政策に名前をつけるとすればアベノミクスではなく、本来はジミントノミクスとすべきだと私は思います。
この先、安倍さんが(とんでもないことですが)日銀法を改正しちゃうとか、金融緩和で国債を増発する代わりに消費税の増税をやめるといった独自の施策を打ち出すのならアベノミクスと呼んでもいいですが、いまのところ斬新な政策はひとつもないというのが実態なのです。
さて、ネーミングはどうあれ重要なのはその効果です。まずは図1をご覧いただきたいのですが、これはマネタリーベース(中央銀行による通貨供給量)の対GDP比を表したものです。オレンジ棒が日本であり、リーマン・ショック後の一時期を除いて、日銀がダントツ世界一で金融緩和をしちゃってるのがわかると思います。白川方明前総裁は思い切った金融緩和ができないと批判され続けてきましたが、これは真っ赤なウソ。私がしょっちゅう喧嘩をしている日本経済新聞さんがそういうバカな……いや、お利口な記事を垂れ流すので誤解が生じただけのことであります。
日銀はすでにこれ以上緩和しようのないレベルまで緩和をしてきており、これ以上やっても効果がないことは明らか。理由は簡単です。いくら金融緩和をしたところで、市中の銀行からお金を借りる人がいないからです。お金がマーケットに出回らずに銀行に溜まっている限り、金融緩和をしても消費は増えません。
えっ、どうして銀行からお金を借りる人がいないのかって? それは皆さんが一番よくご存じのはずでしょう。
図2をご覧ください。これは日本の輸出額と平均給与の推移を表しておりますが、あれっ、なんか変ですよね。1995年から2009年は一貫して円高だったのに、ほぼ一貫して輸出が増え続けています。直近のデータを見ても、震災でちょっと凹みはしましたが、円高によって日本の輸出が減ったという事実は存在しないのです!
つまり、「日本の景気が悪化したのは、円高で輸出が減ったせい。円安になれば輸出が増えて景気が回復する」という人口に膾炙した説明も、実は、真っ赤なウソなのです。そして、図2のオレンジ色の折れ線グラフを見てください。これは、日本人の平均給与の推移を表していますが、一貫して右肩下がりですね。輸出が一貫して増加してきたにもかかわらず、日本人の給与はここ15年ほど一貫して減り続けてきたのです。これこそ、銀行からお金を借りてまでして何かを買おうとする人が現れない最大の理由なのです。
給与がどんどん減っていけば誰もが生活防衛的になり、お金を使おうとしないのは当たり前です。ローソンが社員の年収をアップすることが評判になりましたが、これはあくまでも一時金のお話。本給がアップしなければ、お金を使う気にはなりません。そんな状況で金融緩和したところで、消費を押し上げる効果がないことは目に見えています。
では、財政投資はどうでしょうか。まさに自民党的な古臭い政策ではありますが、国民も企業もお金を使わない現在のわが国において、少なくとも政府だけはお金を使おうというのですから、一定の効果があることは否定できません。
問題なのは、3番目の規制緩和を軸にした成長戦略です。もしも安倍さんが自民党の族議員たちを説き伏せて、小泉さん並みにやるというのなら、かなりの効果が期待できると私は思っています。そして、安倍さんが規制緩和の梃子にしようとしているのがTPPというわけです。
TPPと言うと、すぐさま日本の農業が壊滅するとか国民皆保険制度が崩壊させられるとか騒ぐ人がいますが、そんなことはありません。ただし、TPPが日本経済の構造を大きく変える力を持っていることはたしかです。
たとえば、生命保険。日本の生保加入者が一番悩むのは、末期ガンで余命1年なんて宣告をされたときです。仮に1億円の生命保険に入っていても、当たり前ですが、死ななきゃ保険金は下りない。でも、どうせ1年後に死ぬのなら、その前に世界一周旅行をしたい。あるいは、ダメもとで保険適用外の先進医療を受けてみたいと考える人は多いはずです。そこで、30年払い込んだ1億円の生命保険を解約しても、戻ってくるのはせいぜい300万円程度でしかありません。
ところが、アメリカには生命保険の買い取りを専門にやる業社がたくさん存在するのです。1億円の生命保険に30年加入していれば、おそらく3000万円ぐらいで買い取ってもらえるはず。生前にこれだけのお金が手に入れば、世界一周旅行も最先進医療も夢ではありません。
多くの日本人は、生命保険の買い取りサービスの存在すら知りませんよね。TPPに加盟すれば、こうしたサービスを受けられるようになるのです。これは、明らかなメリットじゃありませんか。
いやいや、保険はいいけれどコメだけは守ってもらわねば困るとおっしゃる人がいると思います。では伺いますが、日本の農業はGDPの何%を占めているでしょうか? 答えはわずか1%。コメは、さらにその何分の一にすぎません。しかも、図3を見ていただければおわかりのように、日本の農産物の平均関税率はすでに十分低い。主要国中アメリカに次いで下から2番目の低さです。これを少し下げたところで、一部の作目を除けばマイナスの影響はほとんどありません。
私は岩手県・紫波町の復興支援活動をやっていますが、岩手のリンゴ農家の皆さんは、現在、17%のリンゴの関税が撤廃されてフリー・トレードになれば、むしろアメリカに日本のリンゴを売りやすくなってマーケットが拡大すると、諸手を挙げてTPPに賛成していますよ。
じゃあ、いったい誰が反対しているのかと言えば、それは農協です。もしも農産物の関税がゼロになって、海外に自力でバンバン輸出する“農業版トヨタ”みたいな農家が増えてしまったら、集荷、選別、出荷を一手に担っている農協はやることがなくなってしまう。だから「鉢巻きしろ」なんてすごんで、猛反対をしているだけのことなんですね。
つまりTPPへの加盟は、生保や農協のような既得権者にとってマイナスなだけであって、一般の消費者にとってプラスになることが多いことは間違いないのです。つまり、消費の回復は、安倍さんがTPPを梃子にどこまで日本の構造改革に踏み込めるかにかかっていると言っていいでしょう。
さて、資産運用の話に移りますが、私は今後の資産運用を考えるひとつのヒントを、先日シンガポールで見つけました。
シンガポールには100円ショップのダイソーが進出していて、大変に繁盛しています。しかしダイソーの商品といえば、ご存じの通り、ほとんどが中国製。しかも、2ドルショップ(シンガポールドル)なので日本円で140円ぐらい。日本の1.4倍の値段です。私はシンガポール人の友人に思わずこう言いました。
「チャイナタウンに行けば、同じモノが10分の1の値段で買えるぞ」
すると友人は、こう答えました。
「同じ中国製でも、日本人がセレクトしたモノは品質が確かなのさ」
かように、シンガポールではいま、「日本」あるいは「日本人」が大変なブランド価値を持っており、これは、東南アジア全域に言えることなのです。
私は基本的に、持ち合いの多い日本株はお勧めしていませんが、もしも皆さんが日本株に投資したいとおっしゃるのなら、シンガポールにおけるダイソーのように、海外で“日本ブランド”として認知されている会社の株を買うといいと思います。東南アジアで強い企業としては、化粧品の資生堂や日用品のユニ・チャーム、花王。北米で強いのはやはりトヨタ、日産、ホンダでしょうか。
変化球としては、百貨店も面白い。国内では不振ですが、伊勢丹や高島屋などは、東南アジアですでに大変なブランド・イメージを確立しています。
では、どの業界に投資をすべきかと言えば、皆さんが一番よく知っている業界に投資をすればいいのです。つまり、化粧品に詳しい人は化粧品業界に投資をし、自動車に詳しい人は自動車業界に投資をすればよい。なぜなら、知らない世界のことは判断のしようがないからです。
20年前、私は投資の神様、ウォーレン・バフェット氏に会ったことがあります。なぜ、超安定株である日本の電力会社の株を買わないのかと質問してみると、氏はこう答えたものです。
「私は日本だろうとどこの国だろうと、原発を持っている電力会社には絶対に投資をしない。なぜなら、原発の仕組みはよくわからないからだ」
これが卓見であったことは、私たち日本人が一番よく理解できるはずです。
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1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、丸紅、モルガン・スタンレー、ABNアムロ、ベアー・スターンズに勤務。現在はM&A、民事再生、地方再生まで幅広くディールをこなす一方で、「ぐっちーさん」のペンネームでブログを中心に活躍。著書に『なぜ日本経済は世界最強と言われるのか』(東邦出版)、『ぐっちーさんの本当は凄い日本経済入門』(東洋経済新報社)がある。
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(投資銀行家 山口 正洋 山田清機=構成 浜村多恵=撮影)
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