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「杉本和行・公正取引委員会委員長」独白! わが摘発方針【1】

プレジデントオンライン / 2014年7月29日 13時45分

杉本和行・公正取引委員会委員長

国内外でカルテルが次々と摘発されているのをご存じだろうか。カルテル防止を担う独占禁止法の運用機関が、公正取引委員会である。この「経済憲法」の番人は、何を考えているのか。包まれたベールが今明かされる。

■アメリカでは日本人が服役する事態も

――2013年3月に公正取引委員会委員長に就任してから1年余が過ぎました。この間、国の内外を問わずカルテル・談合の摘発が相次ぎ、日本企業を取り巻く環境が一段と厳しくなっていますが、現状をどう見ていますか。

【杉本】企業活動がいかにグローバル化しているか、とりわけ欧米の競争政策がいかに厳しくなっているかを痛感しています。アメリカもそうですし、ヨーロッパもそうですが、「消費者の利益」ということを中心に据えて、競争制限的な企業の行動は利益を害しているという考えから、反トラスト法(日本の独占禁止法に相当)に違反する行為の取り締まりを一層強化しています。日本は古来、“和をもって貴しとなす”を大事にする国民性が根づいていましたが、カルテル摘発は、その点が犯罪行為だと見なされるケースが増えています。これだけグローバル化した経済の下では国際的な基準に合わせていかないと、日本企業の存立にかかわる事態が起きないとも限りません。

――実際、摘発件数や刑罰はどうなっていますか。
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日本企業が高額の罰金を科せられたのは上位21社中9社!

【杉本】アメリカで摘発されたカルテル事件の罰金額上位20位を見てもわかるように、21社中、日本企業が9社と半分近くを占めています。最近はとくに自動車用部品メーカーの摘発が激増していて、この3年で摘発された企業27社のうち25社が日本企業で、罰金額の合計は日本円で約2366億円にのぼる。しかも、自動車用部品カルテルでは32人の日本人が刑事訴追され、このうち23人が禁錮・罰金刑を科されて、アメリカで服役するような事態になっています。

――過去の例では米国当局の摘発を受けても、関係者が日本にいる限り、逮捕されることはなかったと思います。

【杉本】おっしゃるように、日本にいる限りアメリカの逮捕権が及ばないため、これまでは捕まらなかったわけです。正式に起訴されても本人が出頭しないから、そこで手続きがサスペンド(一時停止)されていました。ところが、08年にマリンホースの会社がカルテル行為で摘発され、2人が訴追された頃から米国当局の対応が一段と厳しくなり、一度摘発されると芋づる式にやられる危険が高まってきています。

2012年の航空貨物カルテルでは、EUが1億7000万ユーロの制裁金を科した。(AFLO=写真)

司法取引に応じないと、罰金や刑罰が厳しくなるばかりか、アメリカでビジネスができなくなるリスクがあるため、社員に「行ってこい」と言って身柄を差し出す例も出てきています。アメリカはどこの刑務所に入るかまで司法取引で決まるそうですが、殺人犯や強盗犯と一緒だと身がもたないと、ホワイトカラー犯罪の刑務所に入れてほしいと取引することもあるとか。海外でビジネスをしようとすれば、従来とは様変わりした状況になっていることを、ぜひ知ってもらいたいと思います。

――カルテルの摘発に対して、日本企業が国際的な基準に戸惑っているのはわかりますが、米国企業はどのような対策を講じているのですか。

【杉本】米国当局が反トラスト法の適用を厳しくしているのに合わせ、米国企業もコンプライアンスを強化しています。例えば、同業者同士が電話をかけ合うことは避けて、同業者が会うときには必ず第三者が一緒にいるようにしている。同業者がゴルフをするときでさえ、弁護士などが一緒にいて、第三者が「ビジネスの話はしていません」ということを証明できるようにしたりしています。このように米国企業の対策は進んでいますが、日本企業ではそういうコンプライアンスがまだ明確になっていない。社内でルール化するよう整備を急ぐ必要があります。

――欧米当局にとどまらず、日本国内でもカルテルの摘発が相次いでいます。北陸新幹線の雪を溶かす設備の設置工事や、自動車を輸出する船便の貨物運賃……など、談合を取り締まる姿勢が厳しくなっているように思えます。
今年、職員が官製談合防止法違反罪で起訴され、謝罪する鉄道建設・運輸施設整備支援機構の幹部。(時事通信フォト=写真)

【杉本】カルテルに対する基本的な考えですが、反競争的なやり方は企業にとってよくないし、日本経済にとってもよくないし、さらに消費者にとってもよくないということで、警鐘を鳴らしているわけです。私の前任者である竹島一彦委員長は「公取は吠える番犬になる」と言いました。日本企業は反競争的な行為に甘えてはいけない、グローバル化する経済の下で公取はしっかり監視していますよ、というメッセージを送っているのです。「公取は企業を敵視している」と多くの日本企業が考えがちであれば、そんな意識では今の時代、通用しないと思います。

■新規参入者が挑戦できる環境を整備

――インターネット社会の競争政策について、仮想空間をデジタル情報が激しく行き交う、デジタルエコノミー時代の競争のあり方をどう考えますか。

【杉本】日本も世界各国も、今までいろいろと対応してきていますが、ソフトウエアを作動するための基盤である「プラットホーム」は、“Winner takes all”つまり一人勝ちになりがちなところがあり、独占的になりやすいわけです。デジタルエコノミーの下では、デファクトスタンダード(事実上の標準)をつくったところが有利ですし、ある意味でデファクトスタンダードにのっとらないと商品を選ぶ消費者も困ることになる。だから、一人勝ちになってはいけないということではないけれども、それに対して新規参入者がきちんと活動ができるように監視していかなければいけないということだと思います。ヨーロッパでは米グーグルの検索サイトが問題になっていますし、スマートフォンの特許をめぐる米国アップルと韓国サムスン電子が争う侵害訴訟は、世界10カ国で50件以上の裁判が続けられています。

――話に出たアップル対サムスン電子の特許侵害訴訟ですが、ここでは、製品に不可欠な「標準必須特許」をどこまで守るべきかが争点になっています。標準必須特許を認めてもらう代わりに、誰に対しても合理的な価格で、差別なく権利を許諾することを表明(FRAND宣言)しなければならない制度がありますが、「合理的な価格」の定義が必ずしも明確ではありません。
世界中でアップル対サムスン電子の特許侵害をめぐる訴訟が起こっている。(AFLO=写真)

【杉本】私の立場上、アップルとサムスン電子の訴訟内容がどうだこうだと、個別の問題について言及するのは避けたいと思います。あくまで一般論としてお話しすると、FRAND宣言をいかに適用していくか、競争環境の確保という点からどんな対応を取るべきか、我々も十分検討する必要があるでしょう。このほど、日本の知的財産高等裁判所(知財高裁)で判決が出されましたが、公取は公取として、日本市場において不当に競争を制限する行為になっているかどうか、実態をしっかり調査しなければならないと思っています。

――「検討中」ということはわかりましたが、デジタルエコノミーが加速するなか、プラットホームなど独占に陥りやすい分野との関係をどう見るか、見解を少し詳しく説明してください。

【杉本】経済がデジタル化することに伴って、売り手と買い手の間にプラットホームが生まれ、それがデファクトスタンダードを確立すると、概して一人勝ちになりやすいことは前にお話ししたとおりです。もちろん、デファクトスタンダードも決して競争にさらされないわけではなく、どんどん変わっていくわけですね、マイクロソフトがいつまでも安泰ではないように。ですから、仮に一人勝ちのような状態が生まれても、それに対して新規参入者が挑戦していく可能性を排除することがないように、環境を整備していかなければならないということです。逆に言うと、競争相手を排除するようなやり方には厳しい対応を取るということで、イノベーション(技術革新)を促進する産業政策の基本は、今や競争政策にあると考えています。

――イノベーションと競争政策に関して、持論があるとお聞きしました。

【杉本】今、日本のエレクトロニクス産業は非常に厳しい状況に置かれていますが、そのひとつの遠因は、1986年に結ばれた日米半導体協定にあったと思います。要するに、半導体をめぐる国家間のカルテルですね。日本はアメリカにやられた被害者だと思っていますが、実は、この協定をタテに企業は結構安住してきたわけです。シェアも決まっているし、値段も決まっているし、そこで安住してしまったらイノベーションは起きないですよ。

日本のエレクトロニクス産業が国際カルテルに安住してしまったのを尻目に、アメリカはインテルが中心となってCPU(中央演算処理装置)を開発し、同じ半導体というブランド内の競争で新たなイノベーションを起こして活路を開きました。もうひとつ、ブランド内競争で何が起こったかというと、もっと価格を安く大量に生産できるサムスン電子にやられてしまったわけです。

日米半導体協定は短期的には日本が被害者だったかもしれませんが、長期的に見ればそこに安住して競争が生まれなくなってしまった弊害が明らかにある。結局、カルテルに安住してしまうと、イノベーションが起こりにくくなり、企業活動自体が長期的に弱体化していくということだと思います。

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公正取引委員会委員長 杉本和行
1950年、兵庫県姫路市生まれ。69年県立姫路西高等学校卒。74年東京大学法学部を卒業し、大蔵省(現財務省)に入省94年主計局主計官98年大臣官房調査企画課長2000年内閣総理大臣秘書官事務取扱、06年大臣官房長、07年主計局長08年財務事務次官10年東京大学公共政策大学院教授11年みずほ総合研究所理事長などを経て、13年3月から現職。

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(経済ジャーナリスト 岸 宣仁 的野弘路=撮影 時事通信フォト、AFLO=写真)

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