なぜ、全身全霊で介護した自分を責めるのか
プレジデントオンライン / 2014年8月9日 9時15分
■薬局を駆け回って、認知症向けの栄養補助食品を探す
父(89)の認知症は日を追うごとに進行していきました。
私を呼び出すためのチャイムの送信機は押しボタンひとつで簡単に操作できるため、受信機の呼び出し音(セットした、『おおスザンナ』のメロディ)が鳴り続けます。
この頃の父は、私を呼ぶためにボタンを押すのではなく、訳もなく押していたようです。そうかと思えば、呼び出し音がパタッと止まることもある。知らずに送信機を体の下に押し込み、見つけられなくなっているからです。そんな父を放置しておくわけにはいかず、ベッドの横にいる時間が長くなりました。
急激な認知症の進行とともに父は生きる気力も失ってきているようで、食も細くなりました。負担なく食べられ、なおかつ栄養が摂れるようにと、卵やホウレンソウを細かくして入れたおかゆなどを作るのですが、食べようとしません。最後に残った好物の、かんぴょうののり巻きを1~2個食べる程度でした。
父の状態の変化は、ケアマネージャーにも伝えていたので、この頃は頻繁に様子を見に来てくれるようになっていました。この時、教わったのが液体の栄養補助食品です。
ある乳製品メーカーが製造している小さな紙パック入りの商品。少量で1回の食事に相当するエネルギーをはじめ、タンパク質や食物繊維、各種ビタミンやミネラルが含まれているそうで、「ストローで吸うだけで摂取しやすいから試してみては」ということでした。
主に、食事がうまく摂れない人向けという特殊な商品ということもあって売っているところは限られているようで、ドラッグストアを3軒まわってやっと発見しました。
並んでいる商品を見ると、ヨーグルト味、抹茶味など8種類があります。どれが父の口に合うのか、判断できなかったため8種すべてを買ってきました。
「これひとつ飲むだけで、いろんな栄養が摂れるんだって。飲んでみなよ。どの味がいい?」
帰宅すると、8種類を並べて見せ、こう父に勧めました。
不思議なもので、この会話は通じ、父はバナナ味を選びました。ストローを差し込んで口もとに持って行くと、すぐに飲みきったので、「おいしい?」と聞くと、うなずきました。少なくとも、この会話ができたことと、栄養面の心配が少しは解消できたことでホッとしました。
■看護師がつぶやいた「お引越しが近い」
食事では、もうひとつ頼みの綱がありました。Nさんという女性です。
父は近所の老人グループに入っていました。定期的に集まっては、ボウリング大会をしたり、麻雀をしたりする仲良しグループです。Nさんは麻雀会場になっている工務店の奥さん。明るく世話好きなおばさんで、父が寝たきりになってからは、煮物や餃子などを作っては見舞いに来てくれるようになりました。
父が認知症を発症した後も、Nさんが見舞いに来るとシャキッとし、ふつうに会話をしていました。そして作ってくれた料理を口にするのです。食が細くなって以降も、それは続きました。
「オレが作ったものは食べないで、Nさんの作ったものは食べるのかよ」
とムッとしたこともありましたが、食べる意欲が少しでも出るのなら、そんなことはどうでもいいことだと思い直しました。
ところが、この時期の父の衰えは早く、Nさんの作った料理も、ほんの少量口に入れるだけになります。飲むタイプの栄養補助食品もあまり飲もうとはせず、ミカンの皮をむいたものを1~2個口にする程度でした。そして認知症による異常行動もせず、眠っていることが多くなりました。
こうした父の変化を見守っていたのが訪問看護師さんです。昨年の12月24日、クリスマスイブのことでした。眠った状態の父の看護をした後、「お引越しが近いかもしれませんね」といわれました。
「お引越し?」
一瞬何のことかわかりませんでしたが、すぐに察しました。「この世からあの世への引っ越し」ということです。訪問看護師さんは仕事柄、こうした状況は何度も体験しているはずです。その時、家族の心情を慮って「死」とか「亡くなる」といった言葉は使わず、「お引越し」と表現したのでしょう。
父の衰えをつぶさに見てきた私もそれは頭にありましたが、この言葉を聞いて改めて覚悟をしました。人は口からものを食べられなくなったら終わりといわれます。看護師さんはそうした知見があり、父がそのような状況にあると感じたのでしょう。改めて食べることの重要性を感じました。
看護師さんの言葉がまるで予言だったように、その夜、父の容態が急変します。
■“心肺停止”の父を蘇生させる
もう呼び出し音が鳴ることもなく、1時間おきぐらいに父の状態を見に行っていたのですが、夜11時頃、父の寝室に行ったところ、様子が違っていました。
胸のあたりの上下動がないのです。
エッと思って、口に手をかざすと呼吸が感じられません。慌ててかけ布団をはぎ取り、ベッドの上に乗り、父の胸を押しました。人工呼吸による蘇生術を試みたのです。人工呼吸を正式に学んだことはありませんが、見よう見まねで体が動きました。
それが効いたのか、父はしっかりとした呼吸を再びするようになりました。それを確認したところで救急車を呼び、かかりつけの公立病院に搬送。そのまま入院することになります。
驚いたことに救急搬送された後に計測された血圧も体温も正常値。病院には数値に異常があり、具体的な治療個所がなければなかなか入院できなくなっていますが、この時は担当医も状況を察したようで入院を許可、それも公立病院では数少ない個室に入ることができました。
父はこの後、2週間ほど病院で命をつなぎ、年が明けてほどなく静かに息を引きとりました。
突然、寝たきりになってから2カ月、最後の2週間は入院していたので、介護をしていたのは1カ月半ということになります。短くはありましたが、この間、さまざまな経験をしました。
親のシモの世話から始まって、介護認定の手続き、ケアマネージャーや訪問看護師といった介護の専門職の方々との交流、途中から認知症が出て、昼夜問わず呼び出され疲労困憊したこと、理解不能の言動を取り始めた父に声を荒げたこともありました。怒涛のような1カ月半だったと思います。
介護の日々を思い返すと、「もっとこうすればよかった」という悔いもあります。
世の中にはこのような介護の日々を何年も、なかには10年以上もしている方がいると聞きます。そうした方のご苦労から見れば私が経験したことなど微々たるものかもしれません。
ただ、この日々で介護について学んだことは少なくありませんし、介護スタッフの方々から多くの話を聞きました。次回からはそうした話を含め、どうしたら後悔の少ない介護ができるか、について書いていこうと思っています。
(ライター 相沢 光一)
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