止まらない「アナ雪」の快進撃。今、人を動かすカギとは
プレジデントオンライン / 2014年9月3日 9時15分
■心の奥底の本音を的確にとらえたアナ雪とLINE
世界的大ヒットとなったディズニー映画「アナと雪と女王」の快進撃が止まらない。推定興行収入260億円、累計動員数は2000万人に迫る勢い。MovieNEX(ブルーレイ、DVDなどのパッケージ)は予約の時点で100万枚を超え、発売4週という映像作品史上最速でダブルミリオンを突破した。通常、パッケージが発売されると観客動員数が下がるものだが、動員数も順調に推移。7月22日の時点でも全国動員数で8位にランクインした(興行通信社調べ)。
なぜ、「アナと雪の女王」は大勢の人々を動かしたのか。僕は「解放を求める心」をとらえたからではないかと思う。人を動かすには、人間の心の奥深くに潜在的に眠る「本音」――インサイトに迫る必要がある。インサイトは「洞察」などと訳されることが多い。人間がある行動をとるにあたっての“理由になっていない本音”のようなものをイメージしていただくとわかりやすいだろう。
ディズニーは「アナと雪の女王」を日本で公開するにあたって、初期ターゲットを「大人の女性」に定めた。では、日本における大人の女性のインサイトとは何か。現在の日本女性の現状に目を向けると、働く女性が増え、晩婚化や晩産化が進んでいる。内閣府の調査によると、25~29歳の約6割が未婚という状態がこの10年続いており、第1子を出産した平均年齢は30.3歳。その理由として男性の回答として最も多かったのが「経済的余裕のなさ」。しかし、女性のトップは「独身の自由さを失いたくない」であり、続いて「仕事や学業に打ち込みたい」がランクインした。日本女性の多くが「もっと自由に自分らしく」と強く前向きな思いを抱き、だからこそ職場や家庭の悩みやストレスにさらされていると推察される。“アナ雪”のヒロインたちが高らかに歌い上げる「Let It Go」は「ありのままの自分で生きたい」と願う現代女性の本音そのものだった。
今や世界のユーザー数が5億人に迫る「LINE」も深いインサイトの読み込みに基づき、立ち上げられた。2011年の企画当初、最終検討されていたのはメッセージアプリと写真アプリだったという。しかし、そこに起こったのが東日本大震災だった。震災をきっかけにネット上でのコミュニケーションに対する人々の本音は大きく変化する。それまでの「新たな出会いを求める気持ち」よりも「大切な人とのコミュニケーションを大事にしたい」という気持ちに変わったのだ。この変化を実感した同社はメッセージアプリの開発を本格化した。
他社のソーシャルサービスでは、リアルにつながっていない人も“友達”として扱われる。しかし、LINEは「電話番号を知っているリアルな人間関係」を軸に定めた。その後、LINEはご存じのように爆発的にユーザー数が増え、日本国内だけでも利用者は5000万人を超える。じつに日本人の2人に1人がLINEを利用している計算になる。インサイトを正しくとらえ、機能や仕様を決定したからこそ、人が動いたのだ。
■SNSの登場は人の行動にどう影響を与えたか
映画「アナと雪の女王」の成功には劇中歌「Let It Go」(邦題:ありのままで)が大きな役割を果たした。14年7月の時点でイディナ・メンゼルが歌うオフィシャル版のYouTube再生回数は2億回を超え、女優・松たか子による日本語吹き替え版も5200万回を突破。
また、一般の人々の「歌ってみた」動画や、音楽に合わせた“口パク”映像が数えきれないほどアップされ、「レリゴー現象」とでも呼ぶべき、ムーブメントが巻き起こった。さらに劇場で映画を見ながら一緒に歌う「シングアロング版」も開発される。子どもから大人まで、リアルやネット上、あらゆる場所で「Let It Go」を体験したわけだ。インサイトに基づく体験は人の心を大きく揺さぶり、行動を促す。
さらに「アナと雪の女王」の事例で興味深いのは、ディズニーがある意味大胆にコントロールを手放しているという点だ。これまでディズニーは保有するキャラクターの肖像権からイメージに至るまで徹底的に管理してきた。ミッキーマウスは「世界に1人しかいない」という設定のため、同時刻に複数のテーマパークに登場しないというのも、有名な話。いわば、「すべてをコントロールする」を象徴するような存在だったのだ。
ところが、「アナと雪の女王」では日本どころか、世界中の一般人が好き勝手に「Let It Go」の動画を公開。ディズニーは一切コントロールしなかった。戦略に基づくものだったのかはわからない。しかし、この黙認の結果、ムーブメントはすさまじい勢いで増幅した。
こうした状況をいわゆるリスク対策の観点から見ると、これまで以上に「不慮の事態」―思いがけない批判や誤解、勝手な解釈に対応しなければいけないということだ。
一方で、インサイトをとらえた情報が大きく増幅するチャンスを秘めているという見方もできる。コントロールできない世界を必死にコントロールしようとするほど、それ自体がかっこ悪く映る。しかし、コントロールできない新しい世界を受け入れたコミュニケーションは、その「コントロールを手放す」ことそのものによって大きな共感を得られる可能性がある。
■“見えない本音”にたどり着くためにとるべき行動
さて、問題はどのようにインサイトにたどり着くかという点だ。「アナと雪の女王」における「ありのままの自分で生きたい」という本音も、LINEが着目した「大切な人とのコミュニケーションを大事にしたい」という気持ちも、言われてみれば、なるほどと思うかもしれない。しかし、いざ一から“見えない本音”を探るとなると難しいものだ。
僕がよく聞かれることのひとつに「インサイトを正しくつかむために、街を歩いたり、たくさん調べ物をしたりするんですか」という質問がある。
たしかに街歩きは好きだし、仕事柄常に情報収集を心がけてはいる。しかし、「インサイトにたどり着くため」という観点からいうと、とるべき行動はまったく逆だ。表面的な建前にどれだけ触れても永遠にたどり着けない。建前しか言わない100人と話すより、1人か2人と1~2時間じっくり話したほうがいい。目指すべきは「広く浅く」ではなく、「狭く深く」なのだ。
本音を引き出したいときの会話にはコツがある。それは対面で、しつこいぐらいに「なぜ?」を繰り返すことだ。例えば、「なぜ、そのパンを選んだのか」という質問をしたとする。最初に返ってくる答えはたいてい「おなかが減ってたから」「コンビニエンスストアの棚で目についたから」という程度。でも、そこで引き下がらず、「ほかにも棚にはパンがあったはずだけど、あえてそれを選んだ理由は?」などと質問を重ねていく。相手が「あんまり考えたことがなかったけど、甘いものが欲しかったからかな」と答えたら、「甘い物が欲しいのであれば、××という選択もあったと思いますけど、これを選んだのはなぜですか」と聞く。これを10回ぐらいやると、たいてい相手が怒り出す(笑)。でも、こうした質問を7~8回繰り返すことで、ようやくインサイトが見えてくる。
若者の消費行動を指して言われる「車離れ」や「酒離れ」「留学離れ」といった一連の「×××離れ」もまた、インサイトをとらえていないことの表れだと、僕は思う。大人たちがよってたかって「どうせ最近の若者はこうだ」と決めつけている。でも、インサイトを掘り下げると、彼らの行動にも理由がある。そもそも離れていないということが判明することもある。
例えば、最近の若者がお酒を飲まない理由を調査したところ、興味深いことがわかった。若い世代に話を聞くと「他人にかっこ悪い姿を見られるのは絶対にイヤだ」と感じている人が非常に多い。ここでポイントとなるのは「かといって、かっこいい姿を見せたいわけではない」というところだ。
バブルの頃であれば、若者のインサイトの主流は「かっこいい姿を見せたい」だった。だから、外車に乗り、おしゃれなバーで高価な酒を飲むというイメージ戦略が効果的だった。しかし、今の若者には響かない。「かっこいい姿を見せたい」と思っていないのだから当然だ。
そこさえわかれば、アプローチが変わる。例えば、「酔っ払って大騒ぎするような“恥ずかしい飲み会”でなければ、参加したい」と感じるかもしれないし、「泥酔して粗相をする心配がない酒なら、飲みたい」と思うかもしれないのだ。
■「骨」を売りにしたヨーグルトはなぜ売れたか
仏・ダノングループのグローバル商品であるヨーグルト「ダノン デンシア」が日本に初上陸を果たしたときも、インサイトの壁に直面した。加齢とともに低下する「骨密度」に着目したのが特徴の商品で、ターゲットは50代女性。当初は「骨がもろくなる不安に応える」をコンセプトとする予定だった。
しかし、2011年の発売に先駆けて意識調査を実施したところ、日本の50代女性の関心は美容・アンチエイジングにあり、骨や骨密度にはまったく関心がないことがわかる。日本を席巻しつつあった美魔女ブームを裏付けるような結果だった。そこでダノン・ジャパンは美容・アンチエイジングを軸に据え、「ダノン デンシア骨活プロジェクト」をはじめとするPR・広告戦略を展開する。発売からわずか3カ月で売り上げ目標を達成し、現在も日本におけるデンシアの売り上げは6カ国中1位だという。
すべての行動には理由があり、その理由に基づくアプローチをすれば、人は動く。それは上司と部下の関係でも同じことだ。例えば、問題行動のある部下がいたら、理由を聞いてみよう。1回質問しただけで「理解できない」とわかったつもりになるのは早計。質問を重ね、本音をあぶりだすのだ。本当の理由は本人ですら気づいていないケースも多々ある。掘り下げていくなかで本当に解決しなければいけない課題が見つかるかもしれない。心の奥底に秘められた本音にたどり着いたとき、人を動かす準備が整うのだ。
(ブルーカレント・ジャパン代表 本田 哲也 構成=島影真奈美)
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