ドラッカーが教える「理想の上司の条件」
プレジデントオンライン / 2014年10月15日 8時15分
「君は、いい上司かい?」
そう聞かれたら、あなたはどう答えるだろうか。考えあぐねて、こう思うに違いない。
「そもそも、いい上司って何だ?」
この本質的で、答えの出しにくい疑問にヒントをくれるのがピーター・ドラッカーだ。「経営学の父」「ビジネス・コンサルタントの創始者」と称され、伊藤雅俊(イト―ヨーカ堂)、飯島延浩(山崎製パン)、柳井正(ユニクロ)、中村邦夫(パナソニック)、酒巻久(キヤノン電子)など、あまたの名経営者に支持されてきたドラッカーは、どんな人物を「いい上司」と考えたのだろうか。
米国カリフォルニア州にあるドラッカー・スクールで、生前のドラッカーやその思想を受けつぐ教授陣から学び、現在はコンサルタントとして活躍する藤田勝利さんに聞いた。
■自分自身や組織の人たちを創造的にする
――ドラッカーはどんな人物を最高の上司と考えていたのでしょう。
みなさんも感じていると思いますが、マーケットは瞬く間に飽和し、企業はいつもイノベーションを必要としています。企業において、社会の変化をとらえ、それを機会にイノベーションを起こすべき人は誰でしょう。社長でも、マーケッターでも、研究開発のリーダーでもありません。ドラッカー教授の答えは、「社員一人ひとり」です。彼が唱える「マネジメント」とは、「上司が部下を管理する」という意味ではありません。ひとことで表現するなら、「自分自身や組織の人たちを創造的にすること」です。
社員一人ひとりがいきいき仕事をし、創造的であることが何よりも重要だとドラッカー教授は言っています。持続的な利益を生むためにも、それが大事だと。どうすれば、人間は創造的になれるのか。ドラッカー教授は、たったひとつの行動を私たちに求めています。それは、「問う」ということ。自分の商売は何か。自分の顧客は誰か。もっとも価値を届けたい人は誰か。そして、自分の強み、仲間の強み何か……。
組織として結果を出せないマネジャーの多くは、部下の弱みに目を奪われて、彼らの創造性を引き出せないでいます。ある企業の幹部がこんなことを言っていました。
「日本の会社では、入社面談では強みや資質が問われるが、入社後は弱みをいかに是正するかが問われる」
もし、ドラッカー教授にいい上司の条件を教えてくれと問うたなら、まずは「弱みより強みに注目する人」と答えるでしょう。
■インテリジェンスより真摯さを大事にせよ
――たしかに、部下の強みに注目し、それをいかせる人がマネジャーになれば、組織としてのパフォーマンスは上がりそうです。しかし、日本の会社では、高学歴の人やプレーヤーとして成績を残した人がマネジャーに昇進しやすい傾向があるように思えます。
少し長くなりますが、ひとつの例を挙げてみましょう。
「家電メーカーのマーケティング部門に勤めるMさん(35歳、女性)は、管理職に昇進して2年目に大きなチャンスを迎えました。マーケティング、営業、開発、生産など複数の部門が一緒になって立ち上げた重要なプロジェクトのリーダーに抜擢されたのです。大学時代は組織論のゼミに在籍し、入社してからもビジネス書を読みあさり、社内外の勉強会にも積極的に参加してきた彼女は、「これまで学んできた知識をやっと使える」と感じていました。
プロセスの徹底を重視するMさんは、業務の流れ、情報の流れを可視化し、各部門のミッションが実行できるよう、さまざまな課題を整理しました。ところが、なかなかプロジェクトは前進しません。部門間のギャップが埋まらないのです。そこで、Mさんは議論の内容を論理的に整理し、議事録にして共有しました。次回ミーティングまでのToDoを、ウェブシステム上の所定のフォルダに保存して、メンバーに通知しました。
それでも、プロジェクトの議論は前に進みません。会議中にメンバーとぶつかってしまうことも多くなり、Mさんは体力的にもメンタル的にも追い込まれていきました。抜擢から5カ月がすぎたころ、Mさんは上司のGさんに呼び出され、こう言われました。「よくやってくれた。しかし、少し疲れが出ているようだ。いったんプロジェクトリーダーのミッションから離れ、リフレッシュしなさい」
Mさんがリーダーを降りたあと、プロジェクトはGさんが仕切りました。役員でもあり、多忙なGさんの右腕になったのは、20代後半の女性社員Sさんでした。Sさんは、Mさんと違って、専門知識があるわけでも、頭が切れるわけでもありませんが、ふだんから誰とでも分け隔てなく、朗らかにコミュニケーションできる人です。
Sさんがプロジェクトに加わってから、ミーティングに変化が起こりました。沈黙か口論か、どちらかだったのが、建設的な話し合いができるようになってきたのです。Sさんは、担当者がためこんでいる想いや理想、それぞれの部門が持っている強みを引き出すように会話を進めていました。
また、Sさんは自社製品にほれ込み、思い入れが強い社員でした。こんな製品をつくれるなんてすごい、とプロジェクトのメンバーをリスペクトしています。メンバーが無意識に語る理想やアイデアに心から共鳴し、どうすればそれが実現するのかというベクトルで話を進めていきました。メンバーはそんなSさんにのせされて、プロジェクトの目的やめざす理想について積極的に意見交換できるようになっていったのです」
ドラッカー教授は、いい上司の条件の二つ目として、こうつけくわえるはずです。「インテリジェンスより真摯さを大事にする人をマネジャーにしなさい」。Mさんが持っている知性はたしかに重要です。しかし、プロセスを徹底することがマネジャーの最大の仕事ではありません。マネジャーの最大の仕事は、部下をいきいきと躍動させること。管理職でも、切れ者でもないSさんが持っていた「真摯さ」とは、「終始一貫、本気で、チームの目的を達成するために力を尽くす姿勢であり、人間性」です。わかりやすく言えば、「本気で成功させたいと思っている」「本気でいいチームにしたい」という思いです。
マネジャーの資質とは役職でも年齢でもなく、その人の内面にあるものです。知識、実績、技能、資格……多くの会社でマネジャーになるために必要とされる評価項目と、ドラッカーが考えるマネジャーとしての能力には、大きなギャップが存在しているのです。
■感動によってこそ、部下は自発的に動く
――「数字を上げた人が上になるべき」ではないのですね。「名選手名監督にあらず」とはよく言ったものです。
プレーヤーとしても、マネジャーとしても優れている人はいます。ですが、誤解を恐れずに言えば、プレーヤーとしての優秀でもマネジャーとしては成功しない人が多いのが現実です。仕事柄、私はマネジャーたちの悩みを聞く機会がありますが、彼らの悩みはビジネス上の戦略ではなく、何をもって自分の強みを発揮できるのかということです。多くのマネジャーは、「自分とは何者か」という根本的な問いに悩まされています。現代組織のマネジャーたちは疲弊しきっています。あまりに細分化された業務やルール、煩雑な事務処理、人間関係、人事異動や配置転換によって、本当の自分とは違う働き方を余儀なくされている人がほとんどなのかもしれません。
ドラッカー・スクールでは、一貫して、学生にシンプルな原則を教えています。
「自分自身をマネジメントできなければ、組織をマネジメントすることはできない」
ドラッカー教授の「セルフ・マネジメント」の考え方を、現代的な形で教えているジェレミー・ハンター教授の言葉がとくに印象に残っています。
「多くのマネジャーが自分自身の『外』のことに意識を奪われ、自分の『内面』をマネジメントできていない」
そして、ドラッカー・スクールではじめて受けたドラッカー教授の講義で、教わったことも忘れられません。
「とくに日本からの学生は、自己紹介をしてもらっても会社の名前や部署、肩書きを言うだけの人が多い。しかし、私が知りたいのは、その人自身が何者で、何を大切に考えて生き、働いていて、何が強みなのか、ということだ」
自分自身の情熱が閉じ込められ、強みがいかせていない場合には、どんな美しい言葉で語ったり、美しいプレゼン資料を作ったりしても、「その人自身の思い」は表現できていません。まるで性能のよい機械が話しているようでもあり、話の内容に感心はしてもらえても、感動まではしてもらえない。それでは、組織全体を動かすエネルギーは生まれてこないのです。感動によってこそ、部下は自発的に動くようになるからです。
■利益のみを追求する企業は業績が悪化する
藤田さんに挙げてもらった「ドラッカーの考える理想の上司像」は「部下の弱みより強みを重視する人」、もうひとつは「知性より真摯さを重視する人」であった。「そんなことより、数字を出せるマネジャーが最高評価を受けるべきである」と反論する人はいるだろう。そんな人にドラッカーなら何と切り返すだろうか。藤田さんが、選んだドラッカーの言葉をお届けしよう。
「利益のみを目的化する企業は、短期的視点からのみマネジメントされるようになる。その結果、企業が持つ富の増殖機能は破壊されないまでも、大きく傷つく。結局は業績が悪化していく。しかもかなり速く悪化していく」
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1996年、上智大学卒業後、住友商事、アクセンチュア勤務。2004年、米クレアモント大学院大学P. F. ドラッカー経営大学院(ドラッカー・スクール)にて経営学修士号取得。帰国後、ベンチャー企業で役員などを務め、コンサルタントとして独立。著書に『ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント』(日本実業出版社)がある。
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(PROJECT INITIATIVE代表 藤田 勝利 きりしまりも=作画 プレジデントネクスト編集部=構成)
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