なぜ、肉親の介護は施設の100倍虐待が多いか?
プレジデントオンライン / 2014年10月25日 11時15分
■夜中2時に呼び出され、疲労困憊
介護現場では要介護者に対する虐待が後を絶たないといわれます。
ニュースなどでは老人施設内での虐待が報じられることが多いですが、相談通報の件数は在宅介護での虐待が、施設内のそれを圧倒的に上まわるそうです。
平成24年度の高齢者への虐待に関する調査によれば、施設内でのものは155件。一方、在宅で虐待と判断されたのは1万5202件。約100倍にも上ります。相談の通報がない、つまり表に出ないものも当然あるでしょうから、相当な件数になるはずです。
肉親を虐待するなんて酷い、と思われる人もおられるでしょう。
ただ、父親の介護を経験した私は、そこまで追い込まれる介護者の心理がなんとなくわかります。幸い私は手を上げるところまでは至りませんでしたが、父親に対して声を荒げたことが何度かありました。
まず私を苛立たせたのは、頻繁な呼び出しです。
体験談の時にも書きましたが、父が寝ている部屋は1階、私の仕事場兼居室は2階と離れています。そのため父が私を呼ぶ時は、当初は携帯電話、認知症になり携帯の操作が覚束なくなると、ワイヤレス方式のチャイムを使っていました。
とくにボタンひとつを押せば呼び出せるチャイムにしてからは昼間はもちろん深夜であっても頻繁に呼び出されるようになりました。深夜の2時だろうが3時だろうが、チャイムで起こされるわけです。
眠くて無視したくもなりますが、そのうち何か異変が生じているのではと不安になり、起きて1階に降りて行くことになる。しかし、行ってみると大したことではない。何でチャイムのボタンを押したのか、分からないこともありました。
介護が終わって冷静になってからは、そうした昼夜関係ない呼び出しも仕方がなかったんだろうと思えてきます。父は不眠を訴えており、夜眠れず、昼間うとうとしていることがよくありました。
朝7時には雨戸を開けて光を入れ夕方になるとしめていたので、昼と夜の区別はつくと思っていましたが、そういう状態では時間が分からなくなっていたのかもしれません。
また、長い夜を眠れずに過ごしているうちに、不安や寂しさが押し寄せてきて、ついチャイムのボタンを押してしまうこともあったでしょう。今、振り返ると、自分が同じ部屋で寝起きするとか、もっとできたことがあったのではないか、などと考えてしまいます。
しかし、その頃は昼間、私は介護サービスの人たちの対応をはじめ、介護のためにすることがたくさんある。加えて仕事もしているわけで、父の相手をすることにすべての時間を割くことはできません。
何より夜中に起こされることが続き、寝不足で疲れ切っていました。そんなこともあって、深夜に起こされて何もなかった時は、怒鳴りはしなかったものの腹が立って仕方がありませんでした。
■「わかってくれない」認知症の父を怒鳴った
そうした怒りが口に出るようになったのは認知症が進行し、訳の分からない言動が増えてきてからです。とくに声を荒げたのはこんな時でした。
父は排尿障害があり、おしっこがしたくなると尿道に管を差し込んでする自己導尿をしていました。が、体が不自由になるにつれ、それがつらくなり、尿が自動的にバッグにたまるバルーンをつけたいと言い出しました。
そのため医師に頼み込み、なんとか了解を得て病院に行った。立つこともままならない父を車椅子に乗せクルマまで運び、また車椅子に乗せ換えて病院まで運ぶ。その病院ではうまくつけることができず、別の病院に行くといったアクシデントもあり、大変な思いをしてバルーンをつけました。そのおかげでおしっこの処置については父も私も大分楽になったわけです。
ところが、認知症が進行してからは「おしっこがしたくなったから、この管を外してくれ」といいだすようになったのです。出た尿が自動でたまるのだから、おしっこがしたいも何もない。尿意はあるのかもしれないけれど、バルーンを外してしまったら、つけた時の苦労は水の泡ですし、またつける苦労をしなければなりません。外してはダメだということを、ボケた父にもわかるように順序立てて丁寧に説明しましたが、わかってはくれず、自分で管を抜こうとさえする。この時は、さすがに頭に来て怒鳴りつけてしまいました。
初めて父を怒鳴った後は自己嫌悪に陥りました。
自分を育ててくれた父親という恩人を怒鳴ってしまったという罪悪感。しかも、年老いて体の自由が利かなくなり、しかも認知症を発症している。おかしな言動をするのも当たり前であり、そんな父親に対して、何をむきになっているんだという思いもありました。そうやって反省し、今度はどんなことがあっても穏やかに対応しようと思う。
しかし次の日、また、同様の理解不能な言動があると、苛立ってしまう。そんなことの繰り返しでした。私の場合、介護は1カ月半ほどで終わったため、怒鳴るレベルで済みましたが、もっと長期間になっていれば、どうなったか分かりません。
この頃、そうした状況についてケアマネージャーに相談したことがあります。
担当してくれたケアマネージャーは、父の状態やウチの事情を理解したうえで的確なケアプランを作り満足のいく介護サービスを提供してくれた人。在宅介護の事情にも精通しており、感情のコントロールの仕方などをアドバイスしてくれると思ったからです。
■大切に思う人だから、虐待する
実は……と相談したところが意外な話をされました。
そのケアマネージャーはお祖父さんの介護をした経験があるのだそうですが、その時は冷静な対応ができず、怒りをぶつけたこともあったというのです。仕事で担当した家庭には職業意識もあって冷静で心のこもった対応ができる。でも、そんな人も肉親が相手だと冷静になれないのです。
今、振り返ると、その心理も分かるような気がします。肉親なら要介護者が元気な時を知っている。さまざまな会話や触れ合いがあり心が通じあっていたわけです。そんな人が、まともな会話さえできなくなり、ケースによっては自分のことも分からなくなってしまう。そのことにショックを受けるのです。
また、肉親としての情がある分、できるだけのことはしようと頑張ります。しかし相手はその頑張りを無にしてしまうようなことさえする。介護の負担で疲れている時に、そんな対応をされたら、「認知症なんだから仕方がない」とは思っていても、感情が抑えきれなくなるのだと思います。
ただ、ケアマネージャーにその話を聞いた後、気が楽になりました。
「自分だけではないのだ」と。そして気が楽になったことによって事態を客観視できるようになったのか、肩の力が抜けて少々のことでは怒ることはなくなりました。
私にとってはそのような効果がありましたが、介護で精神的に追い込まれたような時は、ケアマネージャーなどのその道の専門家、あるいは介護経験のある人などに相談し、話を聞いてもらうのがいいと思います。有効な対処法がなかったとしても、話をすることでガス抜きにはなりますから。
また、介護事情についてたびたび取材をさせてもらっている介護用品レンタル会社のIさんにも感情のコントロールに聞いてみたところ、「頑張り過ぎないこと」という答えが返ってきました。
「真剣に介護に取り組んでいる人ほど精神的に疲れ切り、なかには介護ウツになってしまうケースもあります。そうなったら肝心の介護さえできなくなる。長い間、大きな問題もなく介護を続けている人は、適当に手を抜いています。要介護者に真剣に向き合う日々を送っていたら、肉体的にも精神的にもとてももちません」
しかし、「手を抜け」といわれても、なかなか抜けるものではないことも事実。どこまですれば一定の介護ができて自分自身も納得がいくかを考え、自分なりの境界線をつくることが介護時の感情のコントロールには大切なのかもしれません。
(ライター 相沢 光一)
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