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人手不足より深刻な人材不足の危機

プレジデントオンライン / 2014年11月4日 10時15分

人手不足から人材不足へ

■このままでは「人材倒産」に陥りかねない

人手不足の時代に入ったと言われている。帝国データバンクが、2013年12月から今年の1月にかけて行った1万社あまりの企業を対象にした調査でも、正社員について、不足感があると答えた企業が全体の約37%もある。また厚生労働省が6月中旬に発表した労働経済動向調査(平成26年第2四半期)でも、不足と答えた事業所の割合から過剰の割合を引いた、労働者過不足感DIは、消費増税による影響でほんの少し緩和されたものの、18と高止まりしている。6月27日付の日経新聞(夕刊)によると、5月の有効求人倍率は1.09倍、完全失業率も3.5%である。

さらに業種や地域などによってはより強い人手不足感がある。上記のDIは、医療・福祉分野で43、運輸・郵便34、建設30などを示し、地方の中小企業などでも状況は厳しい。大阪商工会議所が6月中旬に発表した調査によると、大商の会員で、資本金10億円以下の企業に調査したところ、1700社強のうち約65%が不足感をもち、そのうち、9割程度が、このままでいくと「事業運営に支障がある」と考えている。一部の小売企業でアルバイト店員不足を理由に、店舗の閉鎖や開店延期などが報道されている。

アベノミクスの効果なのだろうか、日本経済全体が、“突然”人手不足になったようである。少し前まで、多くの企業では、どうやって余剰人員を外部に排出していくのか、また経済全体では、どうやって余剰人材の雇用機会を確保するのかに心を悩ましていたのが嘘のようである。運用資金が回らなくなって事業を続けられなくなるのが、普通の倒産だとすれば、人材が枯渇し事業が回らなくなる「人材倒産」というような事態に陥りかねない勢いである。

もちろん「人材倒産」というのはかなり誇張した言い方である。ただ、多くの企業で、必要な人材が不足して事業の拡大ができない、新たな事業が興せないなど、企業成長が妨げられる事態がみられるようになってきた。現在、人的資源の不足が企業発展の大きな足かせになっている可能性は高いのである。私が講演などでこうした話をすると、多くの企業でありうるという反応が聞かれる。みなさんの企業でも思い当たる節はないだろうか。

なぜこうした変化が起こったのだろうか。すでに各所で指摘されているが、大きな背景は労働人口の減少である。いわゆる生産年齢人口(15~64歳)は、ここ20年程度減少を続けており、人口全体に占める働く可能性のある人の割合は減り続けている。またそのうち実際に働いている労働力人口も減少している。こうした潜在的な労働力不足はここしばらく進行していたが、景気低迷のせいで、問題にならなかったということなのである。人口動態というのは多くの統計指標のなかで、最も早くから予測可能で、また予測が間違わないという意味で、信頼性のある指標である。長い間確実に進行していたトレンドが、今回の景気回復で一気に問題化した点は否めない。

ただ、私は、こうした労働人口のトレンドだけが理由ではないように思う。こうした大きな流れとともに、過去25年ほどで企業の人材確保能力が大きく低下し、その結果として多くの企業では、経営に必要な人材の確保が難しい事態に陥っているのではないかと思うのである。その意味で、懸念すべきは単なる人手不足ではなく、「人材不足」と呼ぶべき事態なのである。

人材不足とは、単に人手が足りないという数的不足だけを意味するのではない。必要な場面で必要なスキルとモチベーションを備えた人材を確保できない、という質の問題である。したがって、人材不足は、成長を妨げ、ひいては事業運営そのものに大きな影響を与える可能性をもっている。実際、過去25年間、わが国の経営と人事管理のあり方は大きく変化し、企業の人材確保能力を毀損している。いくつかの例を挙げてみよう。

まず第一が、人件費削減に依存した経営である。例えば、正社員を、パートタイマーや派遣労働者などのコストの安い労働力で代替することによってコストダウンを目指す経営である。その結果、定型的な仕事を低賃金でこなす人材は確保できるようになったが、能力と意欲が高く、重要な仕事を任せられる人材の数が減った。また、同時に残った正社員については、仕事の拡大が行われ、これまでより多くの成果を期待され、労働が強化されてきた状況がある。なかには非正社員がやりきれない仕事を正社員に押し付け、正社員の長時間労働で事業を維持する企業も出てきた。なかでも労働負荷の増大という意味で代表的なのは、中間管理職である。多くの調査によると、ミドルマネジャーの多くは、現在、増加する負荷の下で、成果に追われると同時に、部下の育成やモチベーション管理など、企業の人材確保機能を果たすことができなくなっている。

第二が、企業内の育成環境悪化である。わが国企業の人材育成の基本は、今でも現場育成である。仕事の遂行を通じて、仕事を覚える。それが基本だ。だが、こうした現場育成は体系づけられたものではないことが多く、現場の状態や現場の上司に大きく依存する。言い換えると、状況が人の育成を可能にしない状態では、現場育成は機能しないのである。

ここしばらく企業の現場では、進捗管理が厳しくなり、現場の人員構成はいびつになり、また上記に述べたように中間管理職がマルチプレーヤー化するなかで、人材、特に若手の育成に時間と労力をかける余裕がなくなってきた。また、同時に選抜型人事の考え方が浸透し、集中的に育成投資を受ける人と、そうでない人が明確に分かれ、有能な人だけが育成の対象になるようになってきた。その結果、多くの人にとっては育成機会の減少が起こってきたのである。

第三が、賃金についての考え方である。人材確保の最後の手段は、やはり賃金である。人は賃金の高い仕事を求めて移動(異動)する。そして、その結果、高い賃金を払った企業はよりよい人材を確保できる。

だが、残念なことに、現在起こっている人手不足は、それが賃金の上昇を(今のところ)伴っていないということである。厚生労働省の調査によると、一般労働者の所定内給与は、今年の3月に入っても、前年比でほぼ変化がないことが示されている。

確かに今年の春の賃金交渉では、多くの大企業で、賃上げ回答がみられた。連合の発表によると、今年の春闘で、ベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせた全体の賃上げ額は、平均で6500円弱だったとの結果である。でも、これはあまりにもしばらくぶりのことであり、来年もあるかは全くわからないレアイベントと認識されている。人材確保のために、賃金を積極的に高くする企業はいまだ少ないと言わねばならない。

ほかにも人材面に限らず、経営全般が短期的、効率志向になってきており、人材育成や人材確保という機能がもつ志向性と齟齬をきたしてきたということもあろう。いずれにしても、過去25年ほど、多くの企業は、人材を効率的に使う施策という意味では様々な施策を実施してきたのに対して、人材を育て、確保し、彼ら・彼女らの貢献に報いるための手立てにはあまり関心を払ってこなかったのである。そのため、人は育っておらず、また育ってはいてもモチベーションが上がらず、さらに新たな人材を外部から確保するための方法論をもち合わせていないのである。高度成長期にJapan As No.1と言われ、世界から高い評価を受け、多くの企業の競争力の源泉となってきた、日本型経営の根幹である「人材重視の経営」が、過去25~30年間に少しずつ後退してきたとも言えよう。

もちろん、それまでの日本の人事管理が雇用をあまりにも大切にしてきたことの弊害も指摘されており、そのことが企業経営を圧迫し、働く人を幸せにしなかった面もある。だが、やり方を変えないといけないとはいえ、働く人を尊重し、成長し、活躍する人には報いていく姿勢は重要なはずである。過去25年間は、あまりにも振り子が大きく反対の方向へ振れすぎたのかもしれない。私にはこの変化のもたらす影響が表面化したという点も、今回の人材不足の背景のひとつにあるのではないかという気がしてならないのである。

そして、こうした一連の施策は、働く人にどういうメッセージを伝えてきたのだろうか。働く人を尊重し、少々、経営状況が悪くなっても働く人の雇用を守る。また育成投資を行い、人材としての価値を高めた人を評価し報い、企業経営の根幹としての人材を本当に大切にする企業というスタンスを伝えてきたとはとても言えないだろう。一部の企業を除いて、人材を重視しているというメッセージが聞こえてきたことはあまりなかった。

企業と人との関係は、基本は交換関係である。なかでも重要なのは、経営学が「心理的契約」と呼ぶ関係である。企業から大切にされていないと感じ続けた人材は、企業のために頑張って価値ある人材になろうとはしなくなる。例えば、現在多くの企業で、ミドルマネジャーになりたくないという人が増えており、それも一つには企業を信頼しない働き手のまっとうな反抗だと考えられる。こうしたことも、起こりつつある人材不足の底には潜んでいるように思う。

■今、求められる本気モードの「人視点経営」とは

今、必要なのは、本気モードの人視点経営である。間違えないでほしいのだが、人視点経営とは「雇用」を守ることではない。人材を尊重し、育成投資を行い、能力を伸ばした人には、人材としての価値を評価してきちんと報いることである。言い古された表現かもしれないが、人材を単なる「労働力」や「人的資源」として考えるのではなく、ましてやコストダウンの源泉と考えるのでもなく、企業経営にとって大きな役割を占める資源を提供してくれるパートナーだと考え、彼ら・彼女らの能力を高め、意欲を引き出していく経営である。そのためには、例えば、ここしばらくお題目のように言われ続けてきたワークライフバランス、女性の活躍推進などに本気で取り組み、さらには高年齢人材、障害者人材などの活躍を支援することも必要である。こうした施策で、労働人口減少の影響が相殺されるとは思わないが、重要な方策である。

しかし、さらに重要なのは、働く人が高いモチベーションをもち、能力を向上させたくなり、チャレンジできる仕事に就きたくなり、また働くことを生きることのなかに上手く統合できる企業となることである。経済学の言葉を使えば、一人ひとりの生産性を上げるということになるのかもしれないが、私に言わせれば、人材を積極的に育成し、活用する企業になるのである。人の育成には時間がかかるし、意欲はうつろいやすい。簡単に言えば、今起こっている人材不足は、人材確保を重要な経営課題だと捉え、人の育成と活用を戦略的に行ってこなかったここしばらくの企業経営のあり方の問題点が表面化しているとも言えよう。今がトレンドを変える絶好のときである。

(一橋大学大学院商学研究科教授 守島 基博 大橋昭一=図版作成)

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