完全復活! トヨタが挑んだ「働き方改革」の衝撃
プレジデントオンライン / 2014年11月13日 10時15分
■「国道248号線の“見えない壁”が壊れた」
トヨタ自動車では、経営層をはじめ多くの社員がこう話している。というのも、研究・開発の技術者と生産技術の技術者とが、13年春に完成した「パワートレーン共同開発棟」で一緒に働くようになったからだ。
トヨタではこれを「働き方改革」(加藤光久副社長)と位置づけている。
名鉄・豊田市駅から岡崎市に向かって国道248号線を15分ほど車を走らせると、広大なトヨタの施設群が見えてくる。左側には技術部門(研究・開発)の総本山があり、右には生産部門の拠点が広がる。
両者を2つに区切るのが国道248号線であり、見えない壁とは技術部門と生産部門とを隔てる“障壁”を意味する。
技術や生産、調達といった機能別の強さはトヨタの特徴だ。だが、機能別の強さは半面で強烈なセクショナリズムを生む。縦割りの関係性は強く、横のつながりは希薄。国道を挟んだ左右の両者は、これまでほとんど相容れなかったのである。
「働き方改革」の現場であるパワートレーン共同開発棟は、右サイドの本社工場内に建設されたが、ここはトヨタ創業の地でもある。ちなみに、パワートレーンとはエンジンやトランスミッションなど駆動系部品を指す。
■カメラ付き携帯、ノートPC、一切持ち込み禁止
トヨタは13年4月、「事業ユニット」と呼ぶ4部門を設置する大幅な組織改編を実行した。4部門は、高級車「レクサス」事業の「レクサス・インターナショナル」、先進国を担当する「第1トヨタ」、中国を含めた新興国担当の「第2トヨタ」、そして部品開発と製品化を担当する「ユニットセンター」。研究・開発、調達、生産、販売など機能別に分かれていた従来の体制に、4つの横串が刺さった形である。
「働き方改革」は、新組織であるユニットセンターの設置に対応し、研究・開発と生産技術の技術者を集約してスタートさせた。これまで開発と生産技術のやりとりには、多くの時間がかかっていた。たとえば、研究・開発の設計者がエンジン部品を新たに設計したとする。完成した図面に対し、生産技術チームがコストや品質、量産のやりやすさといった視点から検討を加える。「こうしたほうが、工場ではつくりやすい」と研究・開発に戻され、国道248号線を挟んで図面は行き来するのだ。両機能が自分たちのベストを追求して、ラグビーのスクラムのように押し合うが、ささいなことで必要以上に時間が費やされることもあった。これを、最初から設計者と生産技術者とが一緒に働くことで、開発スピードのアップ、さらに新技術の創出を目指す。いわゆるトヨタの「もっといいクルマづくり」を加速させる狙いがある。
共同開発棟は、地上12階、延べ床面積は約10万平方メートルの建物。将来的には約2800人を勤務させる計画だ。増員されているわけではないのに、「トヨタが、新施設を建設するのは珍しい」とトヨタ幹部は話す。
研究・開発と生産技術のエンジニアが一緒に働いているのは、7階から9階の一体開発オフィス(これ以外の階は、部品や試作品、製品などの評価エリア)。
エレベーターは1階と7階にしか止まらない。その7階にはセキュリティーが厳重なゲートがある。運転免許証や保険証など身分を証明するものの提示が求められ、カメラ付き携帯電話(スマホ含む)やノートPC、ICレコーダーなどは一切持ち込めない。ゲートの外側と内側には会議室がいくつもあり、内側には小さなコンビニのような売店がある。
■執務スペースの席数は人数の7割しかない
「働き方改革」の中心的役割を果たすのは8階である。ユニットセンターを統括する須藤誠一副社長の部屋も共同開発棟8階にある。8階へは7階から中央階段で上る。筆者がここを訪れるのは13年3月27日のプレス向け見学会以来、2度目。前回は、働く人の姿はまばらだったが、いまは多くの人が詰めている。
オフィスの特徴は大きく3つある。
1つ目は広さだ。8階の延べ床面積は90メートル×110メートルの9900平方メートル。これは他の階と同じだが、8階を広く感じるのはセキュリティーのゲートがある7階のように多くの壁で仕切られていないためだろう。
9900平方メートルには更衣室や廊下なども含まれるが、国立代々木競技場第一体育館のアリーナ面積4002平方メートル、さいたまスーパーアリーナのアリーナ面積6175平方メートルよりもはるかに広大だ。
「これだけ広いオフィス自体、世界的にも珍しい。(13年)2月から稼働が始まり、4月に一気に人が増え、8月には(研究・開発と生産技術の)両機能から合計1000人ほどが8階で働いている」と、一体開発オフィスを企画した設備企画室の担当者は話す。広いオフィスで迷子にならない工夫として、執務エリアの椅子は南半分はオレンジ、北半分はグリーンと色分けされている。なお、9階も同じ広さがある。
2つ目は仕事の効率や社員間のコミュニケーションを高めるためのスペースの配置だ。大半の人、あるいはプロジェクトにはロッカーが割り当てられるが、執務エリアはフリーアドレスになっている。社員が個々に机を持たないスタイルだ。そのため、このオフィスには固定電話がない。1000人には、内線電話として使う従来型携帯電話(ガラケー)が支給され、ノートPCを全員が持ち歩き、書類の電子化によるペーパーレス化を進めている。
特筆すべきなのは、働いている人の数の7割しか執務スペースに席がない点だ。
「出張している人も多く、席を100%用意することが非効率だと判断した。70%は、私たち企画室が独自に設定。また、ガラケーとノートPCを持ち歩くスタイルは、25人いる私たち企画室で12年末から先行して取り入れた」と同担当者は話す。
執務エリアを囲うように窓際には(1)「ナレッジカフェ」、(2)「部品検討エリア」、パーティションで区切られた(3)「シンキングエリア」が並ぶ。(1)はコーヒーや紅茶が飲めて、ファミリーレストランを模したテーブルとソファもある。ファミレスにいる気分で気楽な話し合いができる。(2)には耐加重テーブルがあり、試作品を持ち寄って検討しあえる。(3)は1人で深く考えたいときに利用するエリアで、CAD(コンピュータ支援の設計)を使える個室(外からは覗ける)もある。
一方、南北の境界にはCADを使える(4)「ミニSEルーム」、立ったままの会議ができる(5)「クイックミーティングエリア」がある。訪問したこの日は、ホワイトボードや27インチモニターを使える(5)の利用率が高かった。
(1)~(3)と反対側の窓側には、(6)「車両ユニット検討エリア」がある。薄いグレーに塗装されたフロアは、実際の車両を入れられる耐加重フロア。技術・開発と生産技術のエンジニアが、図面や部品、車両を一緒に見ながら議論できる場を多く配置している。
3つ目はスピーディーに意思決定するための工夫だ。フロアの中心には「意思即決エリア」が設けられている。
現在は部長級の8人がいて、外側に向かい席が12席ある。一方、エリアの真ん中にはテーブルがあり、椅子を180度反転すればすぐに向き合って話し合いができるのだ。フロアには壁がないため、他のエリアと同様に内部の様子は丸見えだ。どの部長がいて、誰と誰が協議しているのか、一目瞭然である。
大きな決裁が必要なときには、意思即決エリアに隣接する副社長か専務の扉をノックする。
こうした取り組みを従業員はどうとらえているのか。
「早い人は2月から働いているが、“住人”に対して最近もアンケートをとった。評価は2つに分かれた」と担当者は話す。
「以前の状態に戻してほしい」という“否定的な意見”はそれなりにある。「古手の幹部には、『自分は自工(トヨタ自動車工業)、あなたは自販(トヨタ自動車販売)』といまだにいう人はいる」(トヨタ幹部)くらいなので、新しい流れへの抵抗はあって当たり前だろう。また、「例えば特定のある部品の設計者は、いつも同じ位置に集まっている。同じ種類の魚が、同じ場所に集まるように」(オフィスの関係者)という現象も見られるそうだ。
前出の企画担当者は「お手本にしたオフィスを、そのまま拡大した部分もある。このため、例えばシンキングルームを使うのに、100メートル以上もの移動を強いられるという意見も出た。レイアウトを場合によっては変えるし、新設する九階に生かしたい。一体開発オフィスは完成型ではなく、いまは進化している最中」と話す。
一方、肯定的な意見が多かったのが「ミニSEルーム」だ。2月当初にはほとんど見向きもされなかったが、稼働率を上げ、「使いやすく、もっと拡充してほしい」という要望が相次いでいる。両機能の技術者たちが一緒になり、腹を割った話し合いをしているようだ。
「一体開発オフィスは、あくまでツール。トヨタの弱点であるセクト主義の克服を目指した、働き方改革を推進するためのものである。別々に働いていた技術者をいかに交わらせるかがポイントだが、否定的な意見を出す人はいるものの、元の職場に戻りたいという人はいない。みな、前向きな意識は持っていると思う」と企画担当者は話す。
なお、オフィスは全面禁煙。お菓子は持ち込み可だそうだ。
■開発効率を20~30%アップさせる
まさに現在進行中の働き方改革。ここで実行されているアイデアはどこから生まれたのか。同社の内山田竹志会長はいう。
「働き方改革の原型は、1997年に発売した世界初のHV(ハイブリッド車)『プリウス』の開発にある。20キロメートル/リットルという高い燃費目標を課せられ、クリアするためにはHVしかないという判断を(チーフエンジニアだった)私は下した。このとき、機械と電気の技術者を同じフロアで協業させた。この成功が、今回の働き方改革につながっている」
電気部分を担当したのはパナソニックのニッケル水素電池の技術者たちだった。内山田氏は「驚いたのは、電池の人たちが加速度試験を実施していたこと。こんなやり方もあるのかと、自動車エンジニアの我々は感心した」と振り返る。
原点が示すとおり、働き方改革では「横との連携」が大きなテーマとなる。機能別の深掘りが得意な組織や人が、異質と連携することで新しい発見をし、新しい価値を生む。そのためには、横との違いを受け入れ、認め合える度量が技術者にも組織にも求められる。
実はトヨタの歴史のなかで、研究・開発と生産技術の機能が一緒になったのは、これが初めてではない。FCV(燃料電池車)の開発プロジェクトのなかで、2002年1月に約450人からなる「FC開発センター」を発足させ“小さな一体化”を果たしている。この結果、ホンダとともに世界で初めてFCVの製品化に成功し、日本政府に02年末に納車した。
超巨大企業であるトヨタだが、最先端技術に後追いではなく先行で挑むときには、その成功のため、柔軟に組織を変えてきた。いま行われている働き方改革も、新しい挑戦に成功したいというトヨタの強い意志が見てとれる。トヨタが11年から取り組んでいる新しい自動車開発手法「トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー(TNGA)」も強い意志の表れの一つだ。15年に発売するFF(前輪駆動)車から順次導入され、これにより、トヨタは開発効率の20~30%アップを目指す。
もともと共同開発棟の建設計画は、08年には浮上していた。同年秋のリーマンショック発生時には、鉄骨など建物の資材を購入していたそうだ。だが、リーマンショック後も大規模リコール(回収・無償修理)や東日本大震災、タイ洪水などの対応に追われ、延期が重なり、ようやく13年2月の開所となった。
トヨタにとっては社内だけではなく、これまで以上に社外との関係も重要になる。事実、一体開発オフィスには、デンソーやヤマハ発動機など主要なサプライヤーも出入りしている。
所属する機能のなかに閉じこもっていたら、激しい競争環境をトヨタといえども生き抜けない。縦割りから横軸へ。働き方改革により、生み出されるイノベーション、さらにはスピーディーな開発がトヨタの新しい強さとなるのか。
(経済ジャーナリスト 永井 隆 時事通信フォト=写真)
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