中国人は稲盛和夫から何を学んだか
プレジデントオンライン / 2014年12月25日 8時45分
2010年1月に破綻したJALの上海支店で働く中国人女性スタッフ、王潔莉氏と馮潔氏に話を聞いた。日本の「折れた翼」を再生させた稲盛氏の経営手腕は高く評価され、わずか2年半で再上場を果たした。稲盛哲学によって組織が生まれ変わったわけだが、現場で働く人々はどう感じていたのか。王氏は会社が一丸となってきたという。
「稲盛会長が経営に加わってからは、社内に一体感が出てきたように感じます。上海支店だけでも240人が働いているのですが、以前は他部署の仕事はお互いあまり気にしていなかった。それが今では自分たちのことだけではなく、周囲の仕事にも気を配る雰囲気が出てきました」
経費削減の意識も働くようになったというのは馮氏だ。
「無駄なことを徹底して省くようになったと思います。例えば、以前は書類のプリントアウトは片面しか使っていませんでしたが、今では両面印刷が基本です。カラーコピーも減りました。コピー機の上には『カラーコピー1枚=1.5元の肉まん』と書いた張り紙が張られるようになりました。湯気の立っている熱々の肉まんの写真も張られているのでわかりやすいんですよ」
稲盛哲学を学ぶ勉強会も、社内で行われている。稲盛哲学をもとにした「日航哲学」を社内でまとめ、稲盛哲学を学ぶ「フィロソフィ勉強会」というものを社内で行っており、各自が自分の感じたことや考えなどを発表し合っている。各支店から選ばれた社員が北京の大会に参加する。そこでさらに選ばれた1~2名が日本で発表する。馮氏は稲盛哲学を学ぶうちに気が付いたことがあるという。
「中国にも敬天愛人という言葉がありますし、『心を大切にする』という稲盛会長の言葉は中国の伝統的な考え方と通じる部分も大きいと感じています。ただ、現在ではそうした昔の考え方が中国では忘れられてきて、精神的なものより物質的な豊かさや欲望を追求する傾向が強くなっています。中国にかつてあった考え方も、稲盛哲学からは学べると思っています」
■日本人の礼節と稲盛哲学
日中関係は冷え込んでいても、日本の優れている部分については2人とも冷静に受け止めている。馮氏は初めて日本に行ったときに、清潔さや親切さといった日本人の美徳に触れ、深く印象に残った。
「日本に初めて行ったときには、すごくびっくりしました。すごく清潔で、路上にはゴミがまったく落ちていません。トイレはどこも清潔でした。それに知らない人でもみんなとても親切で優しい。日本語がわからなくてもみんな助けてくれるので、困ることはありませんでした。
それに空港の物価と街中の物価もあまり変わらず、良心的ですよね。あと、日本料理もすごく美味しかった。日本への中国人旅行者は、リピーターがとても多いんです」
また、王氏は日本人の礼儀正しさに驚いたという。
「私が初めて日本に行ったのはもう8年も前のことですが、そのときの印象は今でもよく覚えています。コンビニで100円程度の飲み物を買ったときでも、日本では『ありがとうございます』と丁寧に頭を下げてもらえる。日本人は本当に礼儀正しい。
電車に乗るとかばんを置くための網棚もありますし、いろいろな高さでつかまる場所があるので、子供やお年寄りにも優しい。上海の地下鉄には網棚がないので荷物は自分で持っていないといけないのですが、日本だと細かいところまで気配りが行き届いて、本当にすごいと思います。日本人の他者への誠意ある対応は、相手を敬い大切にする稲盛哲学に通じていると感じています」
■日本企業の仕事への誠実さ
次に、カラーテレビ用電子チューナー部品で日本市場のシェア70%、世界市場でも50%を持つ浙江中興精密工業有限公司の経営者、張忠良氏に話を聞いた。パナソニックやソニー、シャープといった日本企業と20年近く取引を続け、日本人の素晴らしさに気がついたという。
「日本人は仕事に対して非常にまじめで、約束したことは必ず守る。それに品質に対する意識が高く、生産管理が緻密で正確です。弊社は創業5年後の1995年から日本企業と取引を続けていますが、こうした日本人の素晴らしい働き方については、私たちも見習っています」
日本人の品質に対する意識の高さを特に感じたのは、パナソニックと取引を始めたときだったという。過酷なまでの品質要求に応えるために、改善を必死に続けていたところ、99年にパナソニックの技術者たちが日本から訪れ、生産現場で半年間かけて技術指導をしてくれた。
「日本企業のこうしたきめ細かな指導と厳しい品質要求によって弊社の商品品質は大幅に向上し、会社が成長する後押しをしてくれました。力を貸してくれた日本の友人たちには、今も心から感謝しています」
自社製品の品質向上を続けて会社は急成長したものの、08年のリーマンショックにより売り上げは5分の1にまで激減。そうした苦しい経営難から脱する転換点となったのが、稲盛哲学だった。
「リーマンショック以降は何とかして会社を立て直そうと外部コンサルタントを招いたり、事業を多角化したり、厳しい成果主義を導入したりもしたのですが、業績は落ちていくばかりでした」
どうすればいいのかと困り果てていたときに稲盛哲学に出合う。
「それまでの『どう儲けるか』という西洋哲学に対して、稲盛哲学は『利他の心』を説いていました。われわれ中国の企業経営者は、中国経済の高度成長期とともに、30年以上発展し続け、お金をたくさん稼いできました。しかし、お金を稼ぐことが目的化し、何のために稼ぐのか、考えたこともありませんでした。心が空っぽだったのです。それがそもそもの問題だったと気づきました」
「従業員の幸福追求」という価値観に目覚めた張氏は、社員食堂を改善して味をよくしたり妊婦用のメニューを整えたりしたほか、誕生日を迎える社員を皆で祝うなどした。
「考え方を変えると、すべてが変わりました。経営目的を修正し、残された人生を社員の幸福追求のために経営していくと誓った瞬間から、体中に力が満ちてきました。『誰にも負けない努力』をするための意義を知ったのです」
従業員のために会社を経営すると気持ちも変わり、精神面など様々な面で随分と強くなったという。また、結果として業績も急激に回復した。
「『利他の心で判断し、社員の幸福を追求する』という稲盛哲学は苦境を抜け出す道しるべとなったのです。稲盛氏の人に対する真摯さは、日本企業の仕事に対する誠実さに相通じるところがあるでしょう」
(フリーライター 西谷 格 撮影=西谷 格)
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